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小説版『適切な距離』 第七回(完結)

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7.

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5月3日

父に会いに行くことだけが、日記を書く楽しみになっている気がする。

大学は単調だ。高橋は広告代理店の内定を2つ取った。

お祝いに酒を飲んだよ。心から祝福できてしまったことがかえって落ち込んだよ。

だって僕は、就職活動すらしていないのに。

自分の将来に危機感が持てないんだ。

と、父に相談した。

今日は少しドライブをした。父の街を。

川沿いの道をゆっくり走った。

テニスコートで、小学生の大会が開かれていた。

父はまっすぐ前を見ながら、

「やりたいことが見つからない時は、じっとしているより動いた方がみつかるよ。」

と言った。父は僕に甘い。そう思う僕は、本当はしかられたいんだろうか。

「とりあえず、卒業も油断できない状況やから、それに専念してみる。」と言うと、

父は「うん。」と肯いた。

父の街は穏やかで、美しかった。

川沿いの道を行き、

ランニングをするおばさんや、ギターの練習をしているカップルなどとすれ違うと、

自分が卑屈になっていく気がする。

美しすぎて、鼻に付く。

僕は大分やつれているのだろうか。

父の横顔も穏やかだった。

「今週、また面接の受け方をレクチャーしてもらうねん。行きもしないくせに。」と言ってみた。

父は穏やかなまま、「付かなくていい嘘は付かない方がいいよ。」と言った。

「怒らへんの?」と聞くのはやめた。

負い目がある以上、父は父として僕と向き合えない一線があるのだ。

家に帰ったのは終電になってしまった。

母は既に寝ていた。静まり返った家を歩く足音が、とても耳ざわりだった。


***

5月5日

休み。回転寿司で済ます。

昼から礼司は父の元へ行った。

ドライブをするらしい。

短気で運転が下手だったので、不安。

帰宅した礼司は、自分も車を運転したいと言う。

楽しかったのだろう。

家に車があれば、買い物も随分楽になる。

免許は合宿に行けば1ヶ月ぐらいで取れるという。

就職活動が落ち着けば、それも良いかもしれない。


***

5月10日

母の日記が、以前の場所に戻っていた。

内容を追うと、父を無断で使用していた。

母にとって、父だけは天敵のようなものだと思っていたのに。

優しい父親なら、礼司にも必要なのだ。

というのが全てだ。個人的な感情より自分の日記の中の礼司を喜ばせたいと思っているらしい。

以前よりも、そういう母に嫌悪を抱かないのは、僕もまた自分の日記に依存しているのだろうか。

母の日記の中でも父は優しいようだった。

今日も父とドライブをした。

母の日記にあった、短気で運転が下手というのは、本当なんだろうか。

そう言われれば、ドライブ中、一度だけUターンをしたとき、父の運転は荒っぽい気がした。

なんだか、母と父親を共有したようで、妙な気分だ。

日記の向こう側が、繋がってしまう気がした。

母の部屋には、礼司のために買われたスーツがぶら下がっている。

それを見ても何事も無く、ああ礼司のスーツがあると思える。

母の日記から立ち上る礼司の気配を、いつのまにか受け入れている。

いずれこの部屋に、父のネクタイやらも置かれるのだろうか。

怖いようで、嬉しいようで、奇妙な感じだ。


***

5月27日

昨日、母が礼司のために2着目のスーツを買ってきた。

すでに礼司の存在を隠さなくなったように母は僕の見ている前で堂々とスーツをケースから出し、ネクタイの色を合わせたり、シャツの組み合わせを確かめたりしながら以前買っていたスーツの横にぶら下げた。

僕は何となく早朝から目が覚めて時間をもてあましていた。

母は泊まりの仕事だったので思いつきでスーツを着てみた。昨日買ってきた新しいほうを。

双子の弟用だけあって、サイズも丁度良かった。

そのまま大学の入学式以来仕舞いっぱなしだった革靴を見つけ出し、街を歩いてみた。

もう一着のスーツをケースに入れ、そのまま電車に乗る。

適当な金額で適当な駅を目指す。

特急車両の4人席が空いていた。

僕はそれに座り、向かいの座席にスーツケースを置いた。

窓の外を見る。それに飽きると向かいの座席を見る。

そこには礼司がいるような気がする。

僕と同じ顔で、僕よりもきちんとスーツを着こなす礼司が。

礼司は僕に、「いつも見守ってくれてありがとう」などと言う。

そういえば、礼司の中で僕は死んでいたんだった。

僕の中の父が、良き父に上書きされていくように、

実際の僕は母の日記の僕によって上書きされる。

礼司と向かい合い、会話をする。

父のことや、大学のことを。

主に礼司が話し、僕が相槌を打つ。

礼司と向かい合うとき、僕は亡霊になる。

「こうして一度、話してみたかったんだ。」などと言われると、

「僕もだよ。」などと返してしまう。

そしてそれが何だか馴染んでしまう。

本当は礼司が実在して、僕はただその近くを漂っているだけだったんだろうか。

シックスセンスのように、僕が亡霊であることを知らないのは僕だけなのかもしれない。

そういう事を考えて、終点まで乗った。

引き返す電車は人が多くて立ったままになったが、僕の横には自然と礼司が居た。

家に帰り、スーツを戻しても礼司の気配は消えず、

代わりに僕があるはずの無い仏壇へ帰らなくてはいけないのだろうか。

などと思った。


***

6月7日

母の日記の中で、父が家に招かれていた。

先を越されたようで、悔しかったが、

父が、遠慮がちに家に上がり、

酒に酔い、泣きながら謝罪するくだりを読んでいると僕も一安心する。

礼司は今度斉藤さんを紹介するらしい。

父は僕の仏壇に酒を注ぎ、深々と頭を下げて帰っていった。

母の描写する父の方がさすがにリアリティがあり、今更僕が書くよりも、

僕はただ仏壇の奥で見守っているのも悪くない気がした。

日記の中の家族が幸せになっていくのが、僕としても嬉しいような。

そういう気がしていた。


***

6月23日

当分、日記を書くのをやめていた。

面倒になったわけでは無く、自分で書かなくても良くなった。

母の日記の中で、父は息づいている。

母しか知らなかった父親の色々な部分、愛煙家だとか、しいたけが食べれないだとか、

そういう取るに足らない情報が肉付けされて、僕は読むだけで父と会っている気がした。

礼司は健康器具メーカーから内定をもらった。

お祝いを兼ねて、母、斎藤さん、礼司、そして父を招いて家で食事会を開いた。

僕は相変わらず仏壇に居る。

僕は本当に幽霊、もしくは守護霊のような気持ちで日記を眺めていた。

礼司の心配をしたり、父と母を見守っていたり日記の中の生活が楽しげで、

そこに傍観者として参加する事で、僕は満足だった。

今日は高橋と飲んだ。久しぶりだった。

亡霊では無い僕の久しぶりの日常だ。

高橋は、また熱く語る。

卒業前の最後の公演で高橋は演出を任されていた。

演技論を振りかざしやる気の無い役者を叱責する。

いつもと変わらない高橋が、ものすごく大人に見える。

懐かしいようで新鮮だ。僕が取り残されているだけなんだろうが。

高橋は、まだ内定の一つも取っていない僕を心配する。

僕は「選ばなかったらあるんやろうけどなあ。」などと、嘘を言う。

僕を励ます高橋を見て、初めて罪悪感のようなものがハッキリと感じた。

いつからか、嘘を付くときは礼司を借りることしていた。

礼司であればどう言うのかどう応えるのか。そう想像すれば速やかに嘘がつける。

僕は仏壇に帰り変わりに優等生の礼司が高橋と飲んでいる。

高橋は、同窓会の話題を持ちだした。

小学校の頃の同窓会があるのだ。

先週、案内状を高橋経由でもらった。

僕はまだ行くか行かないを決めていない。

高橋は副幹事のようなものを任されていた。

参加者集めに苦戦しているらしい。

「安東は?」と聞いた。

「ああ、来るよ。なんで?」と言う。

「昔好きやったからなあ。」と素直に言う。礼司ならおそらく、そう言う。

「それは知らんかったなあ。彼女も、参加者集めに手伝ってもらっててさ、この前、打ち合わせであったけど、すっごい美人になってたで。」

と高橋は言っていた。

僕は緊張や興奮を気付かれないようにそれとなく、「まあ、参加するよ。」としれっと言った。


***

7月12日

同窓会に行った。

参加者集めに苦労してると言っていた割には僕が会場に付く頃には広い居酒屋の2Fは人でごった返していた。

高橋は満足気に僕の横に来る。

そして僕の袖を引き、遠くの席を指差す。

安東が居た。あか抜けて、綺麗な大人の女性になっていた。

「後で、話し掛けにいこうや。」と高橋は不敵に笑う。

ほぼ出席者が揃った所で、高橋が乾杯の音頭を取る。

ビンゴゲームやら、学年の人気者だった者達の冗談やらで同窓会は盛り上がっていた。

僕はそれなりに参加者と話しながら、目の隅では安東を追っていた。

催し物が終わり、司会だった高橋が僕の横に来る。

既に出来あがっていて、顔が上気している。

高橋は自分のカバンから、卒業公演のチラシを出す。

そして身近にいる者達に渡していく。

僕にも付いて来いと目くばせして会場を歩く。安東のほうへ。

この男はどうしてこう色々と上手く立ちまわれるのだろうか。と尊敬する。

僕と仲良くしていてこの男は何が楽しいのだろう。不思議な男だ。

安東は少し酔っていた。高橋が話しかける。

参加者がいっぱい来てくれて良かったと二人でねぎらう。

高橋はチラシを見せる。興味深そうに安東は眺める。

見所などを解説しながら高橋は僕を見る。

お前も話し掛けろという合図のようだ。

しかし僕には話しかける話題が無かった。

高橋は僕と安東を二人にするように隣のテーブルへ移っていった。

安東の方が耐えかねて「雄一君も出るの?」と話し掛けてくれた。

僕は「いや出ないよ。」と短く答えて、「久しぶり。変わったね。」と言う。

「そう?みんな変わったよね。」と安東は言う。

そこで途切れる。会話が続かないのは僕が必要以上に緊張しているせいだ。

それではいけないと話しかける。

僕もこれには出ないけど前は芝居とかしてたんだよ。と言う。

安東は驚き「そうなんだ。」どういう芝居してたの?と言う。

「まあ、シェイクスピアとか。自分で書いた作品も上演したりしたよ。」

「自分でって、台本も書いたの?」

「うん。」

「凄い!どんな作品?」

「えっとね、まあ、現代劇なんだけど、、、」

と言う途中で会場から歓声が上がった。

高橋が皆の前に飛び出す。会場に先生が現れたのだ。

当時は怖かった体育の先生がすっかりおじいさんになっている。

皆は大きく盛り上がり、安東もそちらの方へ体を向けていた。

先生はさっそく高橋に挨拶を求められニコニコしながら、呼んでくれたことの感謝を述べる。

安東はすっかり僕を忘れてるようだ。体も完全に先生の方を向いていた。

上気した鎖骨が見えた。僕はそこに釘付けになる。

とっさにほくろを探してしまった。

そしてほくろがなかった事に僕はかなり動揺した。

今更になって、あの安東はこの安東とは違うのだと思い知ってしまった。

先生の挨拶が終わると、安東はカメラを持って先生に歩み寄っていった。

その時、渡していたチラシがテーブルから落ちる。

思わず、あっと声を上げる。

しかし安東は振り向かず先生の元へ行った。

僕は拾い上げたチラシが恥ずかしくなり、慌てて自分の席まで戻りカバンに慌てて押しこんだ。

くしゃくしゃになってしまった。

喫茶店で待っていたのは安東じゃ無い。

当たり前の事なのに、それを分かっていない自分が惨めだった。

僕は先生の前ではしゃいでいる安東と、今でも喫茶店で待っている安東のどちらに会うつもりでここに来たんだろうか。

僕はいつから、こんな気持ち悪い人間になったのだろう。

同窓会が終わり、更に酔い、テンションの上がった高橋は僕を強引に2次会へ連れていこうとする。

僕はとにかく帰りたかった。

しかし、高橋は強引にカラオケ店まで僕の腕を引く。

途中、安東を見つけ、また強引に2次会まで連れていく。

高橋は、安東に、「雄一は、小学校の頃、安東に憧れてたんやって。」と言う。

僕は惨めで泣きそうになる。どうしてこんなに居たたまれない気持ちになるのか分からなかったが、とにかく僕は家に帰りたかった。

安東はにこにこ笑って「全然知らなかったー。」と言う。

それを聞きつけた周りがはやしたて、帰るに帰れなくなる。

カラオケ店に着くと、当然のように高橋は、僕と高橋と安東を同じ部屋にした。

高橋はさっそく歌いだし、安東はにこにこと笑っている。

僕は話しかけることもせずに、高橋の歌う姿を眺めていた。

歌い終わった高橋は、次の曲を入れていない僕らに毒付きながら世間話をする。

安東は外大へ行っているそうだ。

高橋は更に内定の数が増えていた。

そして、就職の話になる。僕は冷や汗が出た。

これ以上、今日はもう自己嫌悪をしたくない。

高橋は数ある内定の中から、出版業界を選ぼうと思ってると言う。

安東も大手出版の内定を取っていた。

安東は僕に聞く。

「決まった?」

僕は黙ってしまう。礼司を呼んでいた。僕ではもうこの場を乗りきることは出来ない。

僕はもう亡霊として逃げ出したかった。しかし礼司は出てきてくれない。

礼司もまた今、同窓会に行っているのだろうか。母の日記で。

礼司なら高橋のように上手くこなしながら楽しんでいるだろうか。

せめてそれを読みたかった。今すぐにでも。

でも目の前の安東は「どうしたの?」と言う。

高橋が気を使って冗談を言う。

僕は仕方なく、

「自分が何をしたいかわからないんだ。」と言う。

安東が申し訳なさそうにする。

僕はつい、「まあ色々受けながら見つけようとは思うんだけど。」と言ってしまう。

しらけそうになるムードを振り払うように高橋は歌を歌う。

僕の好きなバンドの曲を入れ、僕にも歌えと言う。

僕はただ歌った。前向きな歌詞に心で毒付きながら。

間奏中、

同じ業界の話題で高橋と安東が盛り上がっていた。

続いて安東が歌い、その後高橋が歌い、僕は喉が痛いと辞退し、酒に酔ったふりでカラオケが終わるまで眠った。

目を閉じる間際、再び安東に目が行く。

そこには悲しげな顔でグラスを持て余す安東はおらず、楽しげで高橋を見ている安東が居た。

綺麗な顔をしているが、待ちわびていた安東では無い。

僕はやっぱり、喫茶店に居る安東に会いに来ていたのだ。

僕の中でいつの間にか、喫茶店で待つ女が存在してしまったのだ。

いつまでも来ない僕を待ちつづける、特徴的なホクロを持つ女が。

今まで、恋人と呼べるような女も居たがすぐに失った。

つまらない男だといつも僕は切り捨てられた。

僕は、僕を好きになってくれる女性が欲しかった。

僕の捨てるに捨てきれない煮えきらない願望を喫茶店の安東は代わりに受け持ってくれていたのだ。

来るはずの無い僕を僕の代わりに待っている。どこまでも一途に。どこかの片隅で。

なんて幼稚なんだろう。浅はかで気持ち悪い。

母の日記の中では、父と礼司が楽しそうに生きている。

彼らもきちんと生きているのだ。

出来そこないの僕と、子宮から出てきた毛や歯が生えた肉の塊の弟と、

コタツの天板を母に投げつけ肋骨を全て叩き折った父を、否定するために。

母も幼稚で切実にそう願っている。

最初から分かっていたのに、僕の家は、僕も、母も、全部終わっていたのだ。とっくに。

何を僕は信じようとしていたのだろう。

僕はどうして間に受けてしまっていたんだろう。

そのくせ、さっきまでかたくなに信じていたくせに、どうしてこんなにも脆く信じられなくなるのだろう。

安東が僕に興味無いからだろうか。高橋がうらやましいからだろうか。

僕は現実でも亡霊のようだ。

僕は寝たふりをしながら、泣いていた。

ばれないように寝返りを打って。

陽気な歌が聞こえていた。

現実は厳しいなあと思う。僕の思いどおりになんか何もならないなあと思う。

それならそれでちゃんとそう分かっていればよかったのに。

始発まで2次会は続いた。

寝ぼけた顔で皆それぞれ帰っていった。

母はすでに仕事へ出かけていた。

母の日記を読む。

案の定、同窓会を楽しみ、思い出話に花を咲かせる礼司と母が居た。

日記を捨てようと思った。僕のも母のも。

焼いてしまって、何も無かった事にしてやろうと思った。まずは僕のを。

日記を手に取り破こうとする。

年賀状が出てきた。日記に挟んでいたのだ。

未来の自分へ向けた僕からの手紙。

「10年後のぼくへ、10年後のぼくはまだ日記をかいていますか」

普通に日記を書いてれば良かった。僕はそれを望んでいたはずなのに。

破る前にこれまでの日記を読み返してみた。

全くどうしようも無い毎日だ。特に架空の父と会いだしてからは読んでられなくなる。

僕は日記帳を破いた。父に会いに行きだした日から。

簡単にゴミになってしまった僕の日常が悲しかった。

母の日記も破る前に読み返す。

礼司との生活。これを書く事で母は満たされていたんだろうか。

礼司は僕の代わりに母と上手くやっている。

虚しいと思いつつも、それにすがる母の気持ちが痛いように分かる。

4月12日の日記に目が止まった。

礼司がまだ2歳の頃。

私を殴ろうとする父の前に、立ちはだかって私を守ったことがあるのよと伝えた。それだけは知っていてほしいから。

礼司は覚えてないよと言いながら照れていた。


おぼろげだが何となく思い出す光景がある。

怒鳴る父親と泣く母親が居て、僕はその間に割って入った。

そう言えばそういう記憶がある。日記を読んだ時は思いださなかったが、確かにこれは事実だ。

僕の2歳の時の話だ。

母は嬉しかったのだろうか。

礼司とは、優しく育つはずだった僕なんだなと思う。

礼司を励ますように書かれていた、テストが良い点であるように。良い就職先が見つかるように。健康でいられるように。

読み返せば、母の日記はそう言う言葉ばかりある。

礼司の生活を充実させるように、やっきになっている。

母の日記を破るのはやめておいた。

これは、母のささやかな幸せで、希望なのだ。

ただ、そこに僕は登場できない。

この家には礼司が相応しく、僕の席は無い。

母の部屋にリクルートスーツがかかっている。

不気味ではなく、今はただ悲しくなった。

散らばった自分の日記を読み返した。

「そんな相手に一体何が話せるん。無理やで。もうあれとの関係は完全に終わってる。見てないんやもん。僕のこと。」

「雄一とお母さんが、そうなってしまったのは、お父さんのせいなのかもしれん。」

「だけど、お父さんに今出来ることは無いから、それは2人が何とかしないといかんのやと思う。」

「色々問題はあるんやろうけど、まずは、会話をした方がええな。」

「お父さんと話してることを、お母さんにも話してみたらええ。」

父が僕に言う、僕が言うべきだった言葉がある。

破られた日記を拾った。かろうじて残った数ページに今この日記を書いている。

日記を使いきろうと思った。

ここが最後のページ。

書き終えたら、もう日記を書くことも無い。

僕は家を出ようと思った。ここにいるべきでは無い。

母のためにも。僕のためにも。

僕に時間は残っているのだろうか。

明日、高橋にもう一度、面接の練習をしてもらおうと思う。

まだ少し、ページに余白が残っている。

最後に、礼司と父に、さよならを言おうと思ったが、

言葉が出てこなかった。

これ以上書くべきものが見つけられず、余白の部分だけポケットにしまった。

***

4月7日

残りの余白に。

実家から春物の服が届いた。

届いた事を報告するために、電話をかけた。

「届いたわ。」と言う。

上京して初めての電話だった。

「声暗いな。仕事、きついんか。」と母が言う。

「まだ一週間やから。わからんよ。」

「朝、遅刻したらあかんで。」

「せんよ。」

「風邪引かんように。」

母の声を聞くと無条件にいらだってくる。

僕は手短に切ろうとした。

「じゃあ。まあ、また。」

「ああ。無理せんように頑張りや。」

「うん。服、ありがとう。」

電話を切る。

実家から高速バスで9時間かかる。

知りあいも誰も居ない土地にいる。

900キロ離れてやっと、励ましと感謝を言えた。

どうしようも無い親子だなと思いつつ。

今度日記を書き始めるときは、もう少しましな日常になってることを祈って、

この日記帳を終わる。
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2012-02-25 : 小説版『適切な距離』 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

レビュー『適切な距離』/桝井孝則監督

誰も真似できない世界観と俳優演出で観る者を興奮させ続ける映画作家の桝井孝則氏(『夜行』など)より、適切な距離レビューを頂きました!


『適切な距離』によせて 桝井孝則

ゆったりとゆれながら カメラが人物を捉えていく しかしそれは安易に 心理効果をねらったものではなく 世界の虚構をあらわそうとしたもののように思われる ここ10年ほどを見ても 閉塞をテーマとした映画は多数作られたが そのほとんどが自分自身に対しての距離しか表現していなかった つまり距離というよりは 目的としての自己である しかしこの適切な距離は それらの映画とは違い 対象が目的ではなく 距離自体なのだ なぜなら 閉塞は自分自身だけで完結することができないからだ 関係 近いゆえに遠い この適切な距離を測るために 介されるのはノート という構造はおもしろい 他人のおもいを覗きみる スリリングさがやがて 見られることを前提とし 相手の反応を待つことになる 母の望みと そのことに反撥する青年 ただ没頭し 足跡を残すしかない まるですべてが母親に仕組まれたかのように

やがて 希望をつくりはじめると その希望もすぐに母に飲み込まれる お互いに 自己の保護のために対象が作り上げられ 構造は複雑化する ある程度でも感情を表すことの出来る母子と際立って 遠い 父と弟という存在 それぞれに比重を置く二つの存在が 柔和で対するもの全てを包み込んでしまうような キャラクターとして描かれているのは 偶然ではないはずだ あの画にかいたような 二人がかもしだす安定感 危うい安定感に集中が解かれてしまいそうになるが 待ちうける急降下のために このなだらかな傾斜は必要なのだ そして 自らの味方として作り上げたはずの存在が 自分自身に対して反撥する時 四人が顔を合わせることになる ただし 主人公自身はここでも 空間を引き裂かれた距離をもって

この見事な切り返しの後 監督自身はたぶんそぎ落としたかったであろう一連によって 作品自身がバランスをくずしてしまう ノートを焼却し終えるまで 映画が映し出すのは今までどおりの距離ではなく 一個人に近づきすぎた 憂鬱と自己の世界 ここに罠があるのかもしれない 閉じられたノートから連想する ここは現実の世界だ というダブルイメージ 主人公の心情を掘り下げるには 母親は空想として登場するしかないのだ しかし この合間に母親をきちんと示さなかったことは この映画の唯一の欠点ではないかと やはり思う 対話はしなくてもいい ただそこにいる彼女を捉えさえすれば それでもあの素晴らしいラストカットが待っている

現実と虚構をさまよいながら 人々は動く 声色や表情 しぐさという 人間の感覚に直接入り込んでくる情報をしっかり押さえ これだけ踏み外さなければ 軸はぶれない と核心を持って そこにいる人たちと意見を出し合いながら ひとつひとつを高めていく ラストの声にならない声と その間合いが示す お互いの距離の取りよう これが大江崇允の演出なのだろう 


2012-02-24 : レビュー『適切な距離』 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

飯塚貴士監督『適切な距離』レビュー

人形を使った映像を制作されている映画監督、飯塚貴士さん(『ENCOUNTERS』)から『適切な距離』へのレビューを頂きました。


互いがぬすみ見た「日記」を通して影響を及ぼし合っていく親子。
その息子の側からのみ見ることが出来る語り口が新鮮でした。

日記の記述の真偽をうたがってみたり、影響を及ぼし合う過程で真実の輪郭が見え隠れしたり、自分の経験と照らし合わせてみたり、一本の映画を観て いる中でいろいろな思いが巻き起こりました。最後に未来の日記で親子の未来に希望を抱かせてくれる救いがあって良かったです。

自分自身、ブログやtwitter、facebookなどで簡単に知人の近況を知ることができる一方で、そこに書かれている内容が必ずしも真実とは限らないという事の良しあしにぼんやりしてしまっていたので、興味深く作品を楽しむことができました。

また一貫して落ち着いた演出に、日付をたどるリズムが合わさり心地よく鑑賞させて頂きました。
手持ちだからといって大きく動かず、ひたすらに小さく揺れている所に内に秘めた力強さの様なものを感じました。

戸田監督の「夕暮れ」を観た時も感じたのですが、人間が生きていく中で起こりうる辛い現実をリアルに描きつつも、それと同じくらい救いやすばらしいこともあるんだよ(しいてはその繰り返しが人生)という温かくおおらかな視点を持ってチーズフィルムの皆さんは作品作りにのぞまれているのかなと思いました。
2012-02-23 : レビュー『適切な距離』 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

時光陸さんのインタビューです。

今回は弟役である時光陸さんからのインタビューです。

23040011.jpg


1
『適切な距離』に出演する経緯を教えて下さい。

はい、某SNS上で募集要項を発見し、年代や設定も近いものがあったので、真夜中だったにもかかわらずその場で応募しました。
その後、書類審査とオーディションを通過し選んでいただくことになりました。
「礼司」は初めてオーディションで勝ち取った役です。

2
稽古で何か特徴的なこととかありましたか?

はい、丸一ヶ月行った稽古そのものです。

3
稽古で印象に残ったエピソードとかありますか?

はい、自分はすごい天然パーマなのがコンプレックスで、今までストレートパーマや、ヘアーアイロンに頼っていましたが、稽古を進めていくなかで、そういった偽りの行為は「礼司」にとっても、「俳優としての自分」にとっても「必要のないこと」なんじゃないかと気付き、天然パーマ丸出しで参加するようにしました。そのクリクリ頭がキャラクターとしてもピッタリだったみたいで、ヘアメイクもそれで採用されることになりました。その経験から「ありのまま」の大切さを学ばされました。ただ、クリクリ頭を初めて見た大江さんが、監督の許可なしでパーマかけたのかと勘違いなさり、少し叱られましたが。(笑)

それと劇中に「ポカーンとした顔の礼司」というのがあったのですが、普段したことがないことを自然にするというのがこんなにも難しいのか!と思い知らされました。その日の稽古が終わって、家に帰って鏡の前で顔がつる程練習しました。

4
脚本について、読んでみてどう感じましたか?

はい、正直初心者には難しすぎるやろ、と思いました。読めば読むほど迷宮入り、というか、いくつか出てくる中で、どの世界を軸に作っていけばいいのかが一番悩みました。その頃は正解を探そうとしていたのだと思います。ある時正解を諦めてみたら、目の前のことが全て正解に思えました。

5
主人公の生まれなかった弟、礼司を演じてもらいましたが、役柄についてどう思いましたか?
また、どう取り組みましたか?

はい、最初は可哀想な役なんだと思いましたが、監督や先輩役者さんと稽古を通じて、物語の中で「唯一の光」だという結論に至り、子どもの頃の素直な気持ちや好奇心、集中力を大切にしました。

6
撮影はどうでしたか?
印象に残ったエピソードとか教えて下さい。

はい、何といっても「したいこと」をさせてもらえている訳なので、楽しかったこと辛かったこと、全てのことが勉強でした。
カメラの櫻井さんには、「役者は自分の映り方をわかってないといけないよ」と教わりました。
撮影監督の三浦さんは皆が寝ているにもかかわらず、照明を試行錯誤してらっしゃいました。
衣装の増川さんと知さんは、いつも寒くないように気を遣ってくださり、メイクの平野さんは、ややこしい天然パーマを毎日セットしてくださいました。
制作の横田さんの優しい手料理も自分を含め、全員の活動源でした。
改めて「映画」は素晴らしい芸術だと思いました。

7
演じたり観たりして、好きなシーンとかありましたか?

はい、自己満足になってしまうのですが、ゴキブリを触るシーンが好きです。初め台本には「ゴキブリをティッシュでくるみ、捨てる礼司」とあったのですが、役を感じていく内に「礼司なら素手で触る」気がしてきて、監督に変更していただきました。生のゴキブリには鳥肌がたちましたが、初めて「俳優」の仕事をした気がした、大切なシーンです。

8
共演者やスタッフはどうでしたか?

はい、前述のとおり素晴らしいチームです。初めての映画制作現場だったので、自分の中で「適切な距離」チームが映画制作の根本になったと思います。

9
監督のことについて聞かせて下さい。

はい、役者のくせに大江監督の演出には敵いませんでした。かつて役者としての活動をされていたことも大いに関係あるのだと思いますが、人間の小さな動きの心理描写や、人間関係の描き方は素晴らしいですし、見習いたいところです。派手すぎず地味すぎず、いつも「適切な演出」をつけてくださいました。
何かハプニングや変更点があると、周りがとやかく言うのを両手で一切断ち切り、自分の世界に入り、数秒で「こうしよう」となる。あの瞬間がものすごくカッコイイ!

10
弟の礼司として雄司のことをどういう存在だと受け止めていましたか?

はい、やはり羨ましいという気持ちはありました。無事に産まれたこと、母親の愛情を受けられていること。そのくせに母に反抗的で、親不孝な兄が少しだけ憎くもありました。僕が産まれていたら母もあんなに苦労しなかったと思います。


最後に自由に何かあったら教えて下さい。

色んな思いが秘められた、映画「適切な距離」が、一人でも多くの方に観ていただけるように願います。
2012-02-23 : 創作の過程 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

映画というジャーナリズム

『スティーブ・ジョブズ』を読んだ。刺激的な自伝であり、素晴らしい物語でもあった。五回は泣いた。作家のウォルター・アイザックソンの文章も格別だったからだと思う。時間軸に捉われることなく、こちら側が気持ち良いように綴られていた。まるでAppleの製品みたいに。あぁ、書いていて訳者の井口耕二氏みたいな文体になってしまった…。
アイザックソンの次回作は『ビル・ゲイツ』で決まりやな(笑)
作中でのジョブズとゲイツの関係と成長がめちゃめちゃ興味深い。ジョブズに寄り添いながらもゲイツの描写から物語に対する批評性も忘れていないのだろうなとうかがえる。同時にアイザックソンの目線が文章自体の主体だから余計気持ち良い。アイザックソンから見た世界、まるで映画とカメラの関係のように素晴らしい位置関係だった。

映画はカメラを置く訳です。どんなに感傷的になって主人公に寄り添ってもその人は他人な訳です。カメラが僕や観客です。
はっきりと他人であると認めて、他人としてこの世界とはちょっと違った別の世界を作って、それを厳しく暖かく見つめる目が必要です。

どんなに似ていても映画の世界と現実は別のものです。映画とはまず自分で存在しない世界を細かく作る必要があります。
そのあと、存在しない世界に出向くジャーナリストになって、アイザックソンがあの本で行ったことを映画世界とカメラの関係でやり抜くことが映画作りなのではないでしょうか。

読んで頂きありがとうございました(笑)
2012-02-22 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

「映画を始めるまで」

「映画を始めるまで」

どうも、『適切な距離』監督の大江です。寒い日が続きますね。インフルエンザに気をつけて下さい。

さて、今日はタイトルのことを書きます。かなり長いですので、何回かに分けて読んで下さったりしても、え~、大丈夫ですので(笑)
どうぞ、お付き合い下さい。

もともと僕は大学でIT関係に就職する学科に通っていましたが、確実に向いていなかったので20歳で転部して舞台芸術を始めました。友人の脚本家、菊池開人には当時「電車でネクタイの結び目がカマキリの頭に見えて怖くなったから」辞めたと言っていたみたいです(笑)

舞台を始めて僕はこの世界で生きて行くと決め、とにかく戯曲から演出から役者と迷いなく挑み、励み続けました。周りには余所見をしたり、自らの道に懐疑的になったりする人がいましたが、それを横目に見ながらひたすら、です。何か自分の才能みたいなものを信じていたというより、目の前の課題と直面しながら今いる場所についてただ何も疑わなかっただけだと思います。

運良く師に恵まれ、ルコックシステムという演技システムを教えて頂いたことも大きいです。
人を見る、こと。
その他、単に基本の型を学んだだけなんですが、その基本が今の僕の全てです。当時以上に今は実感します。基本が身についているので、誰にも負けない気がします。

師の言葉で印象的なものを二つ挙げます。
演技に大切なことは「想像力と感受性」。口酸っぱく言われました。
(僕の意訳ですが)想像力は人間や目の前に広がる世界を見る力、感受性は
その広がる全てを感じて受け止めて自分へも潜る力だと勝手な解釈をしております。
個人的にはそこに「羞恥心」って付け加えて人には話しますが。自分がやっていることは恥ずかしいことなんだ、もしくは一歩間違ったら恥ずかしいものへと豹変するものなんだ、ということです。大事ですよね。
あとは「芝居は似顔絵」という言葉。
(僕の意訳ですが)例えばイチローの似顔絵を書くとします。10人が書くとその全部はバラバラです。ヒゲに特徴を置いて誇張する人もいれば、あの独特のバットを掲げる仕草を中心に描く人もいます。全部が違うイチロー。でもどれもちゃんとイチローなんです。つまり一つの役についてアプローチは様々で、その役者自身がどこを面白がっているのかが重要です。

自論があります。《演技の上手い人は嘘をつくのが下手な人である》と。人間って伊達じゃなくて、どんなに上手く(演技として)嘘を言っても暴かれてしまいます。
他人を知り、自分と向き合い、いかにして自分の筆で絵を描くのかが試されてしまう。演じるってそれぐらい怖い場所に自分の体と心を晒すということだと思います。だから僕は俳優を尊敬しているんですけどね。

さてさて、僕は大学在学中にさっきの菊池たちと劇団を作り、芝居でやって行こうと励んでいました。
が、客が入らない…。とにかく入らない…。
三人の客の前で三時間半の芝居をしたことがあります(笑)
批評家からの評価は悪くありません。小さい賞も頂きました。
僕達は「面白い演劇を作る」ことを続ければいつか上手く行くはずだ、って信じていました。
現場はボロボロです。人間関係もよろしくない。でもとにかく個々が面白いものを作るために前を向いていたら、と。ストイックに山の頂きを目指すことがある種の美学でした。妥協はしない。それが観客に負けたくないという僕のプライドでした。全く、くそ真面目ですねえ(笑)

でも僕の中では停滞して上手く行かなくなって劇団を辞めて、今の相棒の戸田彬弘とチーズfilmとして映画の活動を始めました。
戸田監督映画『花の袋』にプロデューサー(とちょこっと脚本)で初めて映画に参加して、今でも奴の映画では僕がサポート役です。
もっと良いこともその逆もこれからあるでしょうが、切磋琢磨してお互いが両極のど真ん中でやって行ければなあと思っております。

そういえば、辞めた途端に劇団が大きな賞を取り始めたんですけどね(笑)
皮肉ですが、まあ、嬉しいです。本音で。

そんな劇団時代の経緯があったからかもしれません。『適切な距離』ではチームでものを作ることの大切さをすごく感じました。自身の才なんて底が見え見えで、だけど今は良い仲間に恵まれてるなあと誇張なしで言えます。

ブルドーザーの破壊力と無骨なまでの集中力で皆を引っ張り、苦しい時こそ僕にない角度をくれる戸田くんがいて、「光がないと真っ暗で映画は作れないから一番重要なんです」と照明を作り、画に映るもの全部をプロデュースしてくれる三浦くんがいて、カメラを黙々と素晴らしい場所へ置いてくれる桜井さんがいて、クールなメガネの奥に秘めた情熱で信じられないぐらい拘ったMAを成し遂げてくれる竹内氏がいて。
おっと、身内を誉める恥ずかしい文章になっておりますがご容赦を。
独特のセンスでバシッとイメージの湧く服をくれる増川嬢がおり、持ち前の明るさで安心させる平野嬢がおり、慣れない美術に奮闘してくれた酔うと妙に色気が爆発する寄川嬢、天然炸裂藤本助監督、「監督のうんこ待ちでーす」ばかり言う角田助監督(トイレ時は放っておいてくれよ)、半ケツで照明機材を支える竹田純、そんな動物達を笑顔と炊き出しで包んでくれる横田嬢。
まだまだ色んな人が好き勝手やった映画なんですが、とりあえず常連を中心に、ふうー。

そんな映画『適切な距離』、試写会やりますので、初めての人も観たことある人も是非いらして下さい。
ではでは。

【告知】大江崇允監督、映画『適切な距離』の試写会を行います。2月28日15:30から渋谷の映画美学校試写室で行います。ご来場ご希望の方は @tekisetsu へメッセージを送って頂くか bluecheesefilm@gmail.com までご連絡下さい!入場無料です。
2012-02-19 : 創作の過程 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

母親役の辰寿広美さんにインタビューさせて頂きました。

今回は母親役の辰寿広美さんにインタビューをさせていただきました。

□『適切な距離』に出演する経緯を教えて下さい。

一度現場をご一緒したご縁がありまして、監督からお電話をいただき、オーディションで採用された次第です。

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□稽古はどのようなことをしましたか?

クランクインする前の2週間を使って、台本の解釈を統一するために話しあったり、ごはんを食べたり、テキストをつかいながら稽古しました。とにかく、共通言語をお互いに見つけるために、ずっと顔を付き合わせていましたね。お陰さまで演技では撮影入ってからはあんまりNGはなかったような気がします。

□稽古で印象に残ったエピソードとかありますか?

私の息子役の彼女役、安藤さんが、ストレッチを知らないことに驚きましたねぇ~。後は監督が困った時に無茶ぶりで、『辰寿さんはどう思いますか?』と言うてきはるのが驚きでした。実に面白かったです。(^-^)

□脚本について、読んでみてどう感じましたか?

初見で私は『むっちゃおもしろい!』とおもいました。この情報があっという間に手に入る時代に、アナログな『日記』というツールを使ってしかコミュニケーションを取れない、それも親子だなんて、私にはありえない世界感がとてもそそられました。とにかく、台本が面白かったですね。

□母親を演じてもらいましたが、役柄についてどう思いましたか?
また、どう取り組みましたか?

今までにない、やったことのないキャラクターでした。感情をまともに出さないけど、守るべきものを守り、ちゃんと社会性を持ちながら、家庭では不遇な母親。すごく私とは正反対な生き方のように思いましたが、やはり人間。必ず共通する部分があり、そこを探しながら演じました。だから、役者としてたまらなく楽しい作業でした。

□撮影はどうでしたか?印象に残ったエピソードとか教えて下さい。

とにかく楽しかったです。待ち時間は長かったですが、それも楽しかったです。撮影期間中、監督の誕生日があって、みんなでサプライズしました。見事に引っかかってくれました。その監督の姿や、みんなの団結力を思い出すたびに最高に楽しかったカンパニーだと思います。

□演じたり観たりして、好きなシーンとかありましたか?

端からみると歪んだ母親に見えますが、そんな親でもやっぱり子供を思っているんだと思えた時、たまらなくこの母親がいとおしく思え、息子が愛らしく思えました。最後の荷物を送り、電話をしたシーン。みんな不器用だけど、一生懸命もがきながら、生きてるんですね。

□共演者やスタッフはどうでしたか?

もうおわかりだと思いますが、最高にいいカンパニーでした。(^-^)一切不満はありまっせん!(`▽´)

□監督のことについて聞かせて下さい。

寒さとお腹が弱い人です。ダウンジャケットの上にダウンジャケットを来て、マフラーをして帽子を被るくらい寒がりな人です。みんなをとても大切にしてくれる人です。だから素敵なカンパニーになるんだと思います。後、妥協しないところが好きです。作品の良し悪しは、リーダーの人間性だと思います。

□最後に自由に何かあったら教えて下さい。

距離感って人それぞれで、器用な人もいれば、不器用な人もいて、嫌いな人もいれば好きな人もいる。人間関係はとても難しいと思います。この作品の登場人物は皆不器用な人達で、もがき苦しみながらも自分の、自分らしい生き方を探しています。 答えはないかもしれないけれど、それでも強く生きて行こうと努力する、そんな人ばかりが登場します。

私はこの作品は、ずっと模索しながら、止まることなく動き続ける、私の尊敬する人間のあり方を描いた素敵な作品だと思っております。

たくさんの方々に観ていただき、いろんな感想をお聞きしたいと思っておりますので、せひぜひ観に来てください!

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2012-02-16 : 創作の過程 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

小説版『適切な距離』 第六回

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6.

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4月1日

曇り。日勤明け。

昼食に野菜を炒める。

午後から礼司と鑑賞会をする。砂の器。

犯人の男が、いつもいつも、悲しくて泣いてしまう。

礼司も、ピアノを演奏するシーンで泣いていた。

昔の俳優の方が、演技が上手いねと言う。

その通りだ。加藤剛は本当にハンサムだった。

礼司は映画のテーマである差別に対して落ち込んでいるようだった。

実際、私達も貧乏や片親で差別をされてきた。

礼司が小学校の頃に、授業参観の日、みんなの居てる所で、

横に座ってた女が、先生に向かって、礼司君はお父さんが居ないから横に座るのは嫌です。と言った。

言ったその女も、その女の母親も、悪気の無い顔をしていた。

この話をすると、礼司はいつも、お母さん恥ずかしい思いさせてごめんね。と言う。

強い子だ。

***

4月3日

日勤。礼司は斎藤さんを連れてきていた。

夜は煮魚。礼司は好物だと言う。知らなかった。

斎藤さんも好物だと言う。

食べ終わった食器を、斎藤さんと洗う。

礼司から薦められて砂の器を見たらしい。

泣きましたと言っていた。

ドラマもあるよと教えると、喜んでいた。

食後は三人で、カステラを食べる。

今度映画を観に行こうと礼司が誘う。

話が盛り上がり、結局今日は映画を観ず。

***

4月5日

準夜。起きると礼司がちょうど大学から帰ってきていた。

昼食は外で食べてきたらしい。

大事な話があるらしい。

父親からの手紙を見せられた。

久しぶりに顔が観たいという内容だった。

実は先週、父に会いに行ったらしい。

ショックでは無かった。

父は別人のように大人しくなっていると言う。

礼司にはどれくらい父の記憶があるのだろう。

また来週会いに行ってもいいかと言う。

礼司も20歳になったのだし、そういう判断は自分で決めなさい。と答えた。

やはり、父の事を知りたくなるのは当然なんだろう。

***

4月10日

日勤。礼司は夜、父と食べた。

帰ってくると、父の話をする。

ひたすら謝っていたらしい。

あの男がと思うと信じられないが。

自分が間違っていたと悔やんでいるそうだ。

礼司も大学の話などをしたらしい。

進路の話なども。

公務員を目指すことに後悔はないのだろうか。

私に気を使っているのかもしれない。

父親になら腹を割ってそういう話を出来るなら、会うのも悪くない気がする。

***

4月12日

日勤。

今日は寿司を食べに行った。

礼司は最近、父親の話をよくする。

すごく反省している。

一人で寂しそうだ。

今はとても優しい。といつも良い印象なことを強調している。

やはり、父親が恋しかったのだろうか。

昔の記憶は無いようだ。

私の腹を蹴り、顔を殴り、借金を重ねて逃げ出した。

そういう事を、忘れたならそれでもいい。

優しい父親なら、礼司に必要なのだ。

礼司がまだ2歳の頃。

私を殴ろうとする父の前に、立ちはだかって私を守ったことがあるのよと伝えた。それだけは知っていてほしいから。

礼司は覚えてないよと言いながら照れていた。

***

4月14日

準夜。礼司は外で食べるらしい。

仕事に出る前。

礼司は父親と電話していた。

就職について相談したらしい。

公務員になりたいと言っても、

やりたい事をやれよと言われたらしい。

僕のやりたい事が、公務員なのにと、笑っていた。

やっぱり同姓の親の方が気兼ね無く話せるようだ。

***

4月17日

日勤。夕食はオムライス。

礼司に薦められたパーフェクトワールドを観る。

良い映画だった。礼司の薦めるものに外れは無い。

礼司は父親に会いに行っていたようだ。

父親と会うようになって、楽しそうに見える。

寂しい気もするが、やっぱり必要な存在なのかもしれない。

父親の家からは、綺麗な桜が見えるらしい。

その下を散歩したと話す。

お母さん、今年は花見に行こうか。と嬉しそうだ。

どうせなら斎藤さんも誘いなさいと言うと、早速電話をかけていた。

彼女の話なんかも、父親に話しているのだろうか。

斎藤さんは、この家が母子家庭だと知っているのだろうか。

もし知らないのであれば、出来れば知って欲しくない。

礼司を傷つけたくない。

父親の話題が増えるのは、悪くないかもしれない。

***

4月21日

休み。花見に行く。

斎藤さんは酒に強く、礼司は早々に倒れた。

尻にしかれるかもしれない。

桜は綺麗に咲いていた。

久しぶりに花見なんてした。

礼司は桜を写メールに収め、父親に送信した。

父親の家の近くにも桜は咲いているらしい。

***

4月26日

日勤。お好み焼。

夕食後、礼司は真剣な顔で、いつか、父親を家に連れて来たいと言った。

やっぱり、もう20歳だけれど、子供には父親が必要なのだ。

今の父親が、礼司にとって必要な存在になれるかは分からないが、

礼司が必要だというなら、私はそれでいい。

連れて来たいというなら連れてくれば良いし、父親を許せというなら、許す。

斎藤さんと、もし結婚ということになれば、やはり片親というのは、不利になるだろうから、礼司が欲しいと思うものは全て与えてやりたい。

礼司は、父親に電話をしていた。

父親は別人のように優しくなったらしい。
私は礼司の言うことなら、何だって信じられるのだ。
2012-02-16 : 小説版『適切な距離』 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

内村遥インタビュー最終回です。

インタビュー最終です。

内村 自分の過去の暗い部分を思い切り吐露するシーンはやっぱり浮いちゃっているんじゃないかと思っていたんです。そしたら、大森一樹監督や 黒沢清監督とかが「演劇をやっている青年をそこで表現できるから良いし違 和感なかった」って。大御所に言って頂いてホッとするっていうのもズルい 話なんですけど(笑)
-あんなこと言う奴いないんだけどね。
内村 いないですよ。でも大江さんがいたって言うからね。

-脚本の話になるけど、あれあそこで説明しなきゃいけなかったんだよ。
内村 うん、そうですよね。 -そりゃ分けて色んな所でちょこちょこ言って行くことはできるんだけど、 そんなんに尺取りたくないなあ、早く弟出したいなと思っていたから。印象 に残ってほしい内容だし、全部言わないといけなかった。ああ言ったら「あ れ説明やん」って言われにくいから。ははは。
内村 (笑)あれ、全然説明的ではないですよ。
-ただの説明だけど、それを逆手に取れないかなあと悩んでいた時にあんな 感じで言っていた奴をハッと思い出したの。
内村 “俺の双子の弟はただの肉の塊で生まれて来たからね。髪の毛、爪 ―”って全部思えてますからね。台詞が抜けないんです。多分、ほぼ抜けて ない。
-内村君の一部になっているのかなあ。 内村 なんかこう、他人とは思えない(笑)。日記を燃やすシーンがあって、 あそこまで闘ったり向き合ってきた日記を燃やす心情をどこに持っていく かってずっと考えていて、でも監督に聞くのも嫌だったんです。と、ちょう どその撮影の日に原作(ストーリー)を作った菊池(開人)氏が現れて(笑)
-来い来いって言ってたんだけど、たまたま来たね(笑)
内村 たまたま来たんですよ(笑)。悩んで悩んで、最後リハーサル行く前に その菊池氏に「日記燃やすってどういう気持ちですかねえ?」って聞いてみ たら「晴れやかなんちゃうん」って。格好良い、そうだなって。晴れやかだ なって。納得しました。 だからこそその先のこと、そこで終わらせたくないですからそこが難しかっ た。
-永遠に母との関係は続いて行くからね。 内村 そうそう。終わりではない。
-ラストシーンもそうよね。母との電話のシーン。感傷的なのからドライな ものまで何パターンか撮ったよね。
内村 最後、母に対しての「ありがとう」って言葉をどこに持って行くかで すよね。でもまあ、あれで良かったのかなと。
-そうね。小説読んだ感じだと、もう少し劇的なシーンに感じたよね。
内村 そうそう。
-台本上は始め最後に字幕でシメの言葉を書いていたんだけど、消したね。 小説はそれで完璧だったんだけど、やめたよなあ。
内村 うん、映画の場合はシメを入れちゃうと今まで描いた生々しさみたい なのはなくなる気はしましたね。蓄積した負荷がなくなるかなと。常に負荷 をかけながらの作業をスタッフ含め皆がクランクアップまで続けていたの に、それが台無しになってしまいますからね。 懐かしいなあ、やっぱり。でも以外に稽古稽古、荒んでいたとか言いながら 僕ね、クリスマスはちゃんとやっていたりするんですよ。奈良の方へ行っ て、ちゃんと食事して、とか(笑)。だから全部が全部重たいままクランクイ ンした訳じゃないんですよ。染まり過ぎないようにと。大晦日もちゃんと 『夕暮れ』(2010年、戸田彬弘監督、チーズfilm製作映画)で共演した札内幸 太の家に行って泊まってお雑煮一緒に食べたりしました。 普段の撮影だと変なことすると役が落ちないかと心配だったりするんで す。でも一カ月もあの家に住んでいると役なんか落ちないと判り切ってい て、役ありきのイベントだったなと。未だに驚くのは撮影の時と今の自分の 顔があまりに違うことです。上映に来てくれるお客さんが僕に気付かない (笑)。葛生賢さん(批評家・映画作家)ですら試写会で「主演の内村さんです か?」って聞き返すぐらい顔が変わっていた。それは意識してない所で面白 かったですね。それはもしかしたら次の今泉力哉監督作品(『こっぴどい 猫』)でも同じかな。なんか分かってもらわない(笑)。
-『こっぴどい猫』の話をしようか。終わってすぐ行ったの?
内村 オーディションは東京のCO2上映が終わって二カ月ぐらいしてです。 ワークショップオーディションが終わってね、肺気胸になってしまいまし て。キャスト発表の翌日が手術だったから正直戻れるか微妙で、でも今泉監 督はそれを待ってくれました。ありがたかったですね。 共演したモト冬樹さんを見て、引き出しの多さに驚きました。人徳と。ああ いう風になりたいなあと思いましたね。
-役としてはどうだった? 取り組み方の違いとか。
内村 『こっぴどい猫』では身体と心の重心を意識しました。ちょっと探り ましたね。どこに心の重心があるか、足がここに行くか、とか考えたり。も らった役のような悩みを抱えた人間にはどこか特徴的なものがないかと。正 解はないですけど、探りましたね。歩き方もですね。 今泉監督は凄くフェアに接してくれました。いいものを作るっていうことだ けに徹してくれていたし。嬉しかったですね。「内村君は絶対遅刻をしない 人だから」とか、何故か嬉しかったですね(笑)。賞(CO2男優賞)をもらったりすると敬遠されることってあるんす。だけど今泉さんはフェアにいいも のを作ることだけ見ていて、そこに僕を選んでくれたので感謝しています。 『こっぴどい猫』はこれからですね、『適切な距離』同様上映など。とりあえずゆうばり国際映画祭でやって、ですね。
-面白そうだよね、早く観たい。一刻も早く観たい。
内村 凄く面白いですよ。下北沢映画祭のプレミア上映に友人が何人か来てくれていて、物凄く笑ってました。それは役者とは関係のない人達なんです けどね。みんな共感できる部分があるっていうのが今泉さんの強さ、凄さな んですよね。130分?
-おお、長いね。
内村 もっと切るって言ってました。当初は130分だったような。でも長く 感じないんですよ。ゆうばりでしっかり評価されてほしいなと思います。
-うん、楽しみやね。では、最後に何かない?
内村 最後に、ですか。そうですね、大江作品の次回作に期待するというこ とですね、もう。
-twitterでこっそり作り始めてるけどね(笑)。発想として新しいメディアを 使って創作するって面白いなと思いつつ、今はとにかく消費してくれたらい いなと、つぶやきを。まあ、色々とこの先に見える新作への具体的な還元、 展開方法も考えているんですが。
内村 色々考えて行きたいですね。大江さんの新作もそうですけど、やって 行けることが夢だし、それこそ近くて遠い夢だし、でも叶うってわかる夢で すよね、これはきっと。そういう良い年齢だし時期になったんだなあと実感 しますね。昔は映画自体が雲を掴む行為だったし、今も胸を張れるってこと ではないけど映画やってるんだって想いはある。叶えられるんだって確信が ある夢だし、だから実現していくんだなって思う。それは大江作品に関わら ず、できるんだって気持ちは持ってやりたいです。年を取るのは悪くない、 と。しっかりやっていけばチャンスはやって来ると思っています。その準備 を最低しておかないとと今は考えています。
2012-02-13 : 創作の過程 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

適切な距離、試写会手書きチラシ版!

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2012-02-12 : 試写会情報 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

試写会情報更新

黒沢清監督と青山真治監督から『適切な距離』へのコメントを頂きました!

ふとのぞき見した日記帳の中のささやかな異変・・・といった小ぶりな冒頭から始まるが、あれよあれよと密度を増して・・・最後に私はその圧倒的な分厚さに押し潰されそうになっていた。本当にこれが自主映画なのか。日本映画であることすらはるかに超越し、文学と演劇と映像とが何層にも重なった巨大な映画の山脈をなしているのだ。これをまだ30才そこそこの若者が作ったということが今でも信じられない
黒沢清(映画監督)

現代映画と現代演劇の出会いが生む新たな王道の誕生を
「適切な距離」は高らかに宣言する。
青山真治(映画監督・小説家)


『適切な距離』試写会情報です。
ご入場希望の方がいらっしゃいましたらbluecheesefilm@gmail.com
までご連絡下さい!

『適切な距離』試写会
日時:
2月28日(火)15:30から
※会場は15:00より
場所:
映画美学校地下試写室
(〒150-0044 東京都渋谷区円山町1-5KINOHAUS 地下1階)
※当日は監督•キャストの舞台挨拶あり
2012-02-10 : 試写会情報 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

MiyabeHono イラスト『適切な距離』No.21

イラスト『適切な距離』
MiyabeHono
http://miyabehono.blog.fc2.com
適切な距離とのコラボ企画No.21

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2012-02-10 : イラスト『適切な距離』 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

試写会用チラシできました。

試写会用チラシできました。

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2012-02-09 : 試写会情報 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

撮影監督『三浦大輔』について

映画を撮っているとつくづく己の無能さが浮き 彫りになって、それでもその部分を支えてくれ るスタッフとキャストに感謝します。

今日はその中からおもろい人を紹介します。 その1、ですのでこれからちょいちょい色んな 人との笑い話を書けたらと思います。

うちらの組はどうやら真面目で堅実な現場って 勘違いされることが多いんです。そんなアホな ~、ボケボケのウダウダでっせ~。愉快な動物 園。 その中の一人、三浦っていう撮影監督は実にお もろい。ムラっけ満載、寂しがり屋でデータ消 失の常習犯。「今回は僕は彼女を作りに来まし た~」とか見ていて飽きない。皆に愛される要 素が溢れております。

しかしこいつ、センス抜群で思いやりを重んじ る熱すぎる男なのです。だから必ず一つの現場 で一回は喧嘩します。映画祭の打ち上げでだっ て初対面の人と喧嘩しちゃいます。

そんな彼の仕事は照明を作り、カメラに映った 全てを僕と一緒に見ることです。 『適切な距離』は照明の色も重要になりまし た。主人公雄司の世界とその雄司が覗く母の世 界の二つの世界が存在します。(正確にはどっ ちも雄司の世界なのですが。) その二つを三浦くんは別の色にしたいと言いま した。分かりやすく、ではなくなんとなく、で す。雄司の世界を緑にしたいというのが素晴ら しいと思いました。僕のどこかと繋がった瞬間 でした。衣装の増川譲が雄司の服を何故か緑基 調で揃えて来たのも重なって、緑がキーになる とこの時確信しました。 映画って僕は必ずこういったいくつかの確信に 辿り着きます。それが観客に伝わるかは別なん ですが(笑) それを軸に演出を組み立てます。むしろこの感 触がない段階は不安で落ち着きません。三浦く んはこんな時、必ず僕の回路と繋がってくれる 一人です。

繋がってくれる人が何より必要な人です。多分 誰もそうなんでしょうが、つくづく人に恵まれ たなあと、明日はすっきり晴れないかなあと関 係ないことを一緒に思いながら思う夜です。で は、おやすみなさい。
2012-02-08 : 創作の過程 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

MiyabeHono イラスト『適切な距離』No.20

イラスト『適切な距離』
MiyabeHono
http://miyabehono.blog.fc2.com
適切な距離とのコラボ企画No.20

teki_illu20
2012-02-06 : イラスト『適切な距離』 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

MiyabeHono イラスト『適切な距離』No.19

イラスト『適切な距離』
MiyabeHono
http://miyabehono.blog.fc2.com
適切な距離とのコラボ企画No.19


teki_illu181
2012-02-06 : イラスト『適切な距離』 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

『適切な距離Twitter編』について

適切な距離Twitter編』について

Twitterってなんやおもろいツールやなあってね。カラオケにも似た気分があるような。 カラオケって自分が歌いたい訳で、相手の歌は 聞くでもなく聞く。次に歌いたい歌を選びながら。 でも上手い人がいたらつい聞いちゃって驚く。

Twitterをちょこっとやっての個人的な感想で す。

さてさて、今日は『適切な距離』をちょっと違う角度から書きます。 宜しければお付き合いお願いします。

今、Twitterで『適切な距離』の新作を作っているんです。姉妹編と言いますか。 《あんどーなっつ》(@an_dornuts)という女子高生と《しんさん》(@shinsan3333)という サラリーマンがTwitter上にいて、彼等が出会って適切な距離を保つまでの物語です。こいつらは映画『適切な距離』には登場しません。当然 原作テキストにも。何故姉妹編なのかはいつか描くオチを見て下さい(笑)

当然二人は誰でもフォローできますし、メッ セージ送ったりリツイートも可能で、返信してコミュニケーションも取れるという(笑)

つまりね、拡張現実の虚像(キャラクター)と 現実のここや人をTwitterっていうこことはほんの少し違うもう一つの世界が繋げちゃう訳です。嘘と現実の狭間です。

バーチャル世界ではなくて、Twitterなどの世界ってどうも僕らが共有して持っている大きな 引き出しみたいな気がしてなりません。みんなが自由に荷物を詰めていって、ここの物は誰とでもシェアできる。なんだか奇妙です。

この変な世界の一つであるTwitterでなんか面白い作品って作れないかなあというのが発端です。複数人での創作として始めました。 掘り下げると色々出てきて興味深いです。

Twitterって消費するものだから、みんなの呟き (存在や痕跡)がドンドン見られてはドンドン流されていく。 《あんどーなっつ》と《しんさん》はその現実の人達の中に紛れて呟きを落とすんです。 他の人と同価値で、もし気に入って頂けるフレーズがあったらなんとなく心に響いて、でもすぐ消える。どうでもいいものは徹底して無視、読まれもしない。 どっちでも消えてしまうのですが、僕はこの二人の言葉がなんか時々誰かと繋がったら嬉しいなって考えています。 映画を作るってこの小さな何かを共有するものだから、同じやなあと。

Twitterドラマだから映画とも小説とも遊び方、 楽しみ方が全く違いますが、二人をしばらく フォローしてもらってなんかこの小さく繋がる瞬間にはにかんでもらえたらなあとか、傲慢にも思っておる次第であります。
2012-02-06 : 創作の過程 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

内村遥、大江崇允監督インタビュー

横浜にある内村遥のよく通うカフェにて。
その日は内村が監督の大江をエスコートし、二人で内村の地元をブラブラした後、このカフェへ立ち寄りインタビューは始まった。
この時既に3時間俳優や映画の未来について語り合った後であります。内村はビンのハートランドを3本あけております。
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-『適切な距離』出演の経緯は?
2010年11月頭ぐらいに話をもらって、その時舞台をやっていたのでそれが終わるまで待ってもらったんです。大江さんが映画撮るから手伝ってって聞いて、「僕に出来ることあったらやりますよ」って言って。主演だと思ってなかったんだけど『適切な距離』ではプロデューサーで入ってる戸田っちに「主演やで」って言われてビックリしたのは覚えてますね。だから大江さんに会う前から悩んでたんですよ。それで原作の小説を頂いて読んで、「俺は凄く良いと思うんだよ」って当時付き合っていた彼女にも読んでもらったら「これあなたのことじゃないの」って言われまして。でも役がでかいしね。あと自分に負う部分が強いなと、雄司と母親の…。プレッシャーの塊でしたね。で、大江さん達に会いに渋谷のお世話になったお店に行ったら見事に大江さんと三浦君(撮影監督)が喧嘩して(笑)。なに喧嘩してんだって。でもあの時の三浦君は格好良かったですけどね。桜井さん(撮影)もそこにいて、桜井さんが間にいてくれたから、その四人だから役を負えるかなってその時は感じました。彼女に「あなたが主演やれるなんて一生で一度かもしれないよ」って失礼なことを言われました(笑)

-で、やることになって大阪にやって来たと。リハーサルで印象に残ったことは?
稽古は実際芝居をしたっていう感覚はなくて。台本はずっと家にこもって読んでいたんで。最近、自分の言い易いように変える役者が多い気がするんですよ。それも間違っていないんですけど、大江さんの脚本は緻密にイメージして書かれていたので、それはおとしたくなかったんです。だから一字一句全て覚えるっていうことは大事にしました。その中でさらに関西弁に乗せるとどういうニュアンスになるのかっていうのを探っていました。感情的になるとアクセントが曖昧になってしまいますし。方言持っている人にはちょっとでもアクセントがずれると観てもらえない。人間って耳に入る音は重要だなって。関西弁はテーマでもありましたね。あと、門真市っていうのはでかかったなあ。新世界みたいな観光地となる大阪じゃなくて、大阪の生活がかなり見えるのが門真市でしたね。僕は今では大阪っていうと門真を想像しちゃう。下町ですよね。
稽古ではあと空間把握は意識しました。撮影で使う雄司の暮らす家だし、自分の部屋って目を閉じて歩くことができるはずなので、その練習をしました。カメラが狙っているところがどこだろうが階段に辿り着くことができるように探りました。

-稽古自体には何かあった?
うーん。まあ台本読みましたけど、ほぼ大半が話し合いだったんじゃないかなあ。こうやってお茶をしているのとあまり変わらないような(笑)。もちろん台本はやりましたけど、それが本番に直結したかというと微妙で、実際は雄司という人間の過去を探る作業を監督はしてくれて、それと今の雄司を探していました。今の雄司を見つつ、過去にあった雄司と両方からつめて行った感じです。僕が思う雄司はこうあってほしいというものと過去のことをどうやって一致させていくかと。最初話していて《希望》だっていうことだったから、小説の最後も希望で終わって行く訳で、その希望へどう攻めて行くかという感じでした。

-撮影に入っては?
寂しかったです。ずっと一人だから。スタッフさんが助けてくれるけど、共演者のお母さん(和美:辰寿広美)とは役として仲良くないから極力撮影中も話をしないように。外で食事とかもなくて。だから一人でした。寂しいというか、きつかったですね。部屋撮って、部屋撮って、ずっとそれなので。何がきついってそれだけならいいんですけど、それで午前中撮ったら午後弟の礼司(時光陸)の明るいシーンとなるとみんなの雰囲気が変わるんです。わーってなって。それを聞きながら奈良の戸田君家に帰るってしんどいですよ(笑)。人を恨んでいる荒んだものを撮るっていうのと母親と仲良く楽しい会話を撮っているのではみんなの気の持ちようが変わって来るし。それは僕の被害妄想や稽古中の荒みから来ていたのかもしれないですけど(笑)。拍車をかけましたね。
大江さんが途中で「僕の事を怒ってる?」って言ったんですよ。怒ってないですけど、自分の荒みが休憩中にまで出ちゃっていたんじゃないですか(笑)。とにかく一人ですからね。稽古終わって銭湯行って寝て、をずっと繰り返していたんで。あえて誰にも連絡はしないし。雄司という人間は電話が得意ではないというイメージがあったから携帯はあんまり触らないようにしていました。だから銭湯でニュースを知るっていう。歌舞伎の人が殴られたっていうのとかその時期でしたね(笑)。銭湯が僕の情報源だし心休める場所でした。

-スタッフはどうだった?
やりやすかったです。もう家族的な感じでした。照明の三浦チームは役者につけないのでそんなに話せなかったですけどね。とにかく衣装増川さん、メイク平野さん達が常々見てくれていたっていうのはありますね、監督の知らないところで。僕の顔が赤いって言われて、ちょっと体調が…、ってなると風邪薬くれるし、もうあの二人がいなかったら駄目でしたね(笑)。いやあ、助かりましたよ。
僕は怒鳴っている現場が嫌いなんです。大学生からプロまでいたけど、大学生だから何かが出来ないということはなくて、そりゃ知らないことは多いでしょうけど、全員の気持ちがCO2上映展への完成に向かないと絶対うまくいかない現場だというのは顔合わせの時点でわかりきっていたことだから。
楽しかったですよ。今回みたいにあんまりスタッフさん全員の名前を覚えて帰るっていうことがなかったから。
映画という僕がずっと憧れていた場所だから、悔いを残したくなかった。スタッフさんの名前を覚えていないとか、そういうのもなくしたかった。ちゃんと全部を自分の中で終えて、ケツを拭きたかったというね。そういうのはありました。


内村インタビュー その2

先日の『適切な距離』インタビューの続きです。
内村は軽快にビールを飲み続けております。聞き手は監督の大江です。

-周りの俳優とはどうだった?
あんまり接さなかったですね。稽古では色々話しましたけど、本番入ってからは一人になろうとしている時間が多かったですし、特に(弟・礼司役の)時光とは距離を置かないとと。あの器用さには腹が立っていました(笑)。腹が立っていたというか、それすらも利用しようとしていました。で、本格的に礼司を恨んでいました。多分雄司はそうなんじゃないかなと。

-監督について何かある?
録音する前に色々もう言っちゃいましたからねえ(笑)。うーん。大江さんはねえ、まあ緻密ですよ。設計図がかなりしっかりしている。
一番謎だったのはリハーサル中に稽古も何もない日なのに(内村氏が寝泊まりしていたロケ地に)お茶漬けを食いに来たことがあったんですよ(笑)。「家具の配置を…」とか言いつつ、全然家具の配置なんて見ないで「なんかお腹すいたなあ」とか言い出して、「なんか食べさせてよ」とか言って俺のナケナシのお茶漬けを食べて行きました。まあ食べるのはいいとして、そっからねえ、五時間ぐらいいたんですよ(笑)。そこで、お茶漬けをと言いつつ内村遥として辛かったこととか母親に対してどうだったんだとか話の方向がずれて行って、また荒ませて帰って行ったんですよ(笑)。だからあのお茶漬けはなんだったんだろう。謎でした。

-稽古の帰りとかじゃなかったっけ?(笑)
違いますよ。何にもない日ですよ。台本読んでたら電話掛って来て「今から行っていい?」っていきなり来たんですよ(笑)。



-おかしな奴だね(笑)。
クランクインまでの話をすると、そんな感じの日常が続いていましたね。
twitterにも書いたんですけど、ここまで生きて来て結構忘れてることは多いですよね。しんどいこともそうだし、嬉しかったことも。楽しいことだけ忘れるってよく言いますけどそんなこともなくて、辛いことと楽しいことは表裏一体ですよね。辛いことを思い出せば面白いことも出て来るし、単純にその時の記憶が抜けているっていうことはありましたね。それは大江さんと話して聞かれて、ねじり出して「ああ、親父とこんなことしたなあ」とか辛いことでそれを思い出したけど、同時にそれで良かったことも思い出すし、ぐっと自分に近付くって感じですかね。年を取るっていうことは人と関わって行くことだから、本来あるべき自分の正直な部分からちょっと離れて行かないといけないことがあるじゃないですか。この人とはこういう話し方をしようとか、この人の前ではこれは言わないようにしようとか。僕は凄くあるんですけど、そういうことは一回捨てて、単純に自分がどう思っているかということだけ。誰がどう思うことでなく、とにかく話す対象もいないし、見せびらかせる対象もいないから、自分にしか対象がない。だから本来の自分に戻るっていうか。あそこにいたっていうことは嘘とか作ったものではないってことですよね。逆に僕としては怖いんですよ。「暗っ!」ていう。自分に戻る作業、世間とかを全部なしにして、っていうのはあります。

-そうすると雄司という役と似ている部分も出て来たんじゃない?
そうですねえ…。雄司というか…。うーん。
なんか彼を演じる上で一番捨てたくなかったのは母親を絶対的に否定しない、どこかでは許容しているということを絶対持っておかないといけないなという気持ちはありました。恨みを倍増させて倍増させて自分が他人を恨むというのとは全く違う感覚、恨んでいるけどやっぱり親子だからって部分は守りたかったです。それが崩壊すると話も何もなくなっちゃう。魅力もくそもないかなと。でも逆にただの我儘な大学生ってなるのも嫌だし。まあ、頭で考えずとも自然と脚本がそうなっていたからそっちの方向には行かなかったですけどね。
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-他に演じる上で感じたこととかあった?
さっき話した自分の落とし所、役者として大阪に行ってやる落とし所として、やっぱり大江さんが『適切な距離』が駄目だったらやめるんだろうなとわかってたから、そこですよね。自分の芝居は足りていなかったし未だに課題だらけで満足はしてないんですけど、最低限のハードルはあって、役者が失敗したなっていう中で大江さんが映画やめるなんてことにはさせられなかったです。「僕が演出が出来なかったから映画が上手くいかなかった」とは言わせたくなかったっていうのはある。
格好良い言葉に聞こえるかもしれないけど、そうではなくて僕も次はないと思っていましたね。今も次があるかわからないですけどね(笑)。全然変わらないですけど。
とにかく次がないって思っている人に次があるって気持ちで挑みたくはなかったです。そこの芝居が追いつかなかった部分があったとしても、気持ちは多分CO2に関わったどの役者にも負けてなかったんじゃないかなって。というか、全ての役者に対しても負けてないんじゃないかと思います。
だからそうすると今まで自分を良く見せようとしていたことが恥ずかしく見えて来る訳で、格好良く見せようとすることは案外格好悪いことで、何かに臨むってそういうことではないと。昔はわかっていたはずなんですけどね。
小学生ぐらいの頃ってただ無心で何かに向かえていたんだろうと思うんです。年を重ねると対自分だったものが対他人になって行っちゃったっていうのはあるのかなあ。人の評価とかで。『適切な距離』はどうでも良かったっていうのはあるんですよね。ただ全精力をかけないとと。まあ、大江さんを辞めさせる訳にはいかないと。辞めなかったと思いますけどね。

-いやいや、駄目だったら辞めようと毎回思うよ。
そうなんですよ。僕もそうなんだけど。
結局映画って結果論になっちゃいますからね。結果論として捕らわれちゃうからこそ準備が大事っていう。臨む姿勢というか。結果論で駄目だったってなって、でも自分の中に何かがちゃんとあればそれは仕方ないってなる。映画だけじゃないですけどね。全部そう。
映画映画映画ってずっと18から言って来たもの、言葉の力はちゃんとあると思ったし、ひとつ良い映画になったんだと思うと、18から映画やりたいって言ってできないものもあったけど、良かったなというのはありますけどね。

-印象に残ったシーンとかあった?
周りから誉められたのは最後の方の交差点に立ちすくむシーンでしたね。あの前のシーンからの一連の流れが凄く良かったと言われました。孤独感というか。
僕自身の印象的なシーンはそりゃやっぱり序盤の酔っ払って自分の過去をネタで怒ったように暴露するところですよ。あんな風に酔っ払わないですけど(笑)。でもあの脚本を見て、芝居がなんだかあれだったっていう不思議な感じですよね。
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-「全力でやって」って演出で一瞬であの形になったんよね。
そう、あれは不思議で。あれがいいって思っている訳ではないんですけどね。恥ずかしいんですよ(笑)。恥ずかしいんですけど、第2回CO2の山田雅史監督(『天使突抜六丁目』)は「おもろかったで~」とか言って下さいましたね。目立つシーンなんで色んな人と飲むと「内村は酔っ払ったら弟の話をし出すから嫌だ」とかネタで言われたり(笑)。だから皆さんの中にはあのシーンが残ったと。でも不安だったんですね。上映後もあれがマイナスになってんじゃないかとか。感情で許されたりすることはないんですけど、この映画だったらこの感情まで、みたいなのが自分の中であって、それを超えちゃったんじゃないかなっていうのはあったんです。


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2012-02-04 : 創作の過程 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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tekisetsu

Author:tekisetsu
映画『適切な距離』

2012年9月1日(土)~14日(金)連日21:00~新宿K's cinemaにて公開が決定した大江崇允監督最新映画『適切な距離』公式blog。第7回CO2にてシネアスト大阪市長賞(グランプリ)。主演の内村遥が男優賞受賞。断絶した親子関係。生まれなかった弟と母の幸せな生活。久々のコミュニケーションは、母の嘘の日記だった。

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