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小説版『適切な距離』 第二回

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2.

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1月2日
正月のテレビは毎年面白くない。
年末の大掃除の続きをした。
ベッドの下に入れた収納ボックスの、背面にまで埃が真っ白く積もっていてなんとなく律儀だなと思った。
クローゼットの奥に見覚えの無いカバンがあった。
開けてみると折れた釣竿とルアーがいくつか剥き出しで入れてある。
さっぱり心当たりが無かった。
釣りなんて中学の頃行ったきりだ。
カバンの中にビニール袋があり、中にはスーパーボールと10円玉とプリクラが入っていた。
プリクラには5人くらいの子供が写っているが白くなっていて、ほぼ判別が付かない。
だが左端に居るのは僕だ。服装と良い、姿勢と良い、あからさまに控えめだ。
これは僕のカバンなのだろうか。誰かのを預かったままなのかもしれない。
クローゼットの隅で、カバンは居心地悪そうに見えた。
外に出そうとすると随分引っかかって抵抗する。
放っておいてくれと言っているようだ。

正月だし、昔の友人に連絡を取るチャンスだと思い、カバンの写真を添付し、この頃一番中の良かった友人にメールを送った。
メールは2分後、送信エラーで返って来た。
英語のエラーメッセージの後に添えられた2分前の僕が書いた、久しぶりなメールの言い訳にわざと明るく振舞った文章が痛々しかった。
1年前は届いたはずなのに。仕方ない。
カバンは散々迷った挙句捨てない事にした。忘れられた同士の絆として、いつかのタイミングで使ってやろうと思う。

そう言えばと、昨日に引き続き日記も探してみたが、見つからなかった。おかしい。
夜、パソコンのメールをチェックする。
スパムの中に、また安東からのメールがあった。

どうして来てくれなかったんですか?
わたし、ずっと待ってました。仕事終わってからもずっと・・・。
ほんとの事いうと、今も、待ってます。
迷惑でしたら、ごめんなさい。でも、もう抱いてくれるだけでいいなって思うんです。
本気だから、先に私のボックスに住所も電話番号も教えておいたんですけど、見てくれてますよね?ここは安心だし、携帯からでも見られるから、見ておいてください。諦めることが出来ないんです。本当にごめんね。

メールの最後には、怪しげなURLが書いてある。
昨日の安東メールと、ストーリーが繋がっているようだ。
手が混んでいるなと思う自分と、どこで待ってるの?と聞き返したい自分が居る。
どうやら残念なことに、僕は引っかかるタイプの人間だったらしい。
最後のごめんね。だけ敬語じゃないのに、妙にリアリティを感じる。

何だか本当に安東に会いたくなる。
自分の中で、再び特別な存在で立ち上ってくる。
良くない傾向だ。

***

1月3日
今年初めてのバイト。
去年と特に何が変わるってわけでも無いが。
深夜コンビニには大体常連しか来ないし、来る時間帯も大体同じだ。

今日も、律儀に欠かすことなく全員来た。
ヤンキーは相変わらず立ち読みだけして帰り、 アフリカ人の大男は相変わらず大豆のパック飲料を2つ買って帰る。
ケバい中年も、変わらず甘すぎる香水を振りまいていく。

高橋が遊びに来た。
バックヤードに勝手に入り、廃棄の弁当を物色しながら、
明日、スーツ買いたいんだけど付いてきてと言う。
もちろん断ったが、高橋はしつこい。
リクルートスーツというのがあるらしい。知らなかった。
就職活動をするつもりは無いが、一応親の前ではしてるように見せなくてはいけない。
別にしてもしなくても何も言わないのだろうが、万が一の面倒を考えると体裁だけは整えておきたい。
勉強がてら明日行く事にする。
今度、説明会や面接の様子をレクチャーしてもらうという交換付きで。

家に帰ると、寝る前にまずPCメールを確認した。
案の定、安東から来ていてほっとした。

私のメール届いてるんでしょうか?
不安なんです。とりあえず、渡しのボックス見れました?
そこに携帯番号も顔写真も載せているので、
もちろん登録は無料だから、見てくれるのが一番確実なんです。
こんなこと言うのは、迷惑かもしれないですけど、
会えないのがつらすぎて、今日は病院へ言ってきたんです。
カウンセリングを受けて来ました。
でも、お医者さんには止められてるんですけど、多分明日も待ってしまいます。
どうしても会いたくて。人目だけでも会いたいんです。
会えないほうが駄目になってしまう気がします。
一度、電話だけでもしませんか?
番号は私のボックスに、すぐ分かるところに書いてますので・・・。
お願いします、助けてください。

誤字がある。三箇所もだ。それが何となく良かった。
スパムを一斉に送信するコンピューターの向こう側で、確実に人の手によってこれが書かれている。
誤字が、それをより実感させる。
その実感がもしかしたらこれはスパムではなく、本当に安東は。という馬鹿な妄想の後押しをする。
このメールはずっと続くのだろうか。
会うことに諦めたけれど、メールだけは続けていたいの。なんて展開になっていくのだろうか。
このままだといつか返信してしまう気がする。

ストーリーを終わらせないために。

***

1月4日
高橋のリクルートスーツを買いに行く。
黒かグレーで細身の3つボタンタイプが多く出ています。とか、官公庁志望の方には濃紺がおすすめです。とか、最近は細身の2つボタンタイプも人気があります。とか、僕には付いていけない話題で店員と盛り上がっている高橋がいた。
僕は手持ち無沙汰に色々なスーツを見たが、その都度違う店員が寄ってくるので物色を諦め、慎重に何度も試着をして確かめる高橋を見ていた。
ふっと僕には遠い話だと思った。

高橋は、結局2着も買った。黒とグレー。
黒は都会的な印象、グレーは柔和、紺は誠実さをイメージするんやで。
と、受け売りの言葉を言う高橋が自分より大人に見えた。

その後、丁寧に図まで描いてくれた高橋の面接必勝方法を聞きながらも僕の中の気持ちはずっと冷めていた。
高橋は僕が就職活動をする気でいると思っている。
だからこそ熱心に教えてくれている。
だけど僕は多分しないだろう。少なくとも今年、当分は。
今どこを受けているんだとかどこまで進んでいるんだとか、先生やバイトの人、同期に聞かれた時にもっともらしく答えられればいいのだ。

就職してしまうと全て決まってしまうような気がする。
人生の先まで。
中学は楽しかったが、高校、大学とちっとも楽しくなかった。
それでも、あと3年だとか2年だとか終わりがあると考えれたから普通に生活できたし、とりあえずは無事に大学も卒業出来そうだ。
就職というステップには、終わりが無い。そして容易には引き返せないだろう。
どこの企業にしようとか、なりたい職業はとか、考える前に就職するというステップに上がることにまずためらってしまう。
せめて同期や友人たちが就職して、上手くやれてそうなのを確認してからそのステップに上がりたい。
それでは遅すぎるということも分かる。だけど、何とかなると思ってしまっている。

夜。安東からのメールは来なかった。

***

1月9日

特に書くことがなくなってきた。
安東からのメールがひどいことになっていた。

元気にしていますか?
私は、今、○○病院に入院しています。
待ちすぎて、少し、疲れてしまったようです。
ごめんなさい。
それでも、私、こりずに待ってても良いですか?
お見舞いに来てくれる、一目だけでも会いにきてくれるだけで結構です。
もし良かったら、会ってください。
病院の住所や部屋番号は、わたしのボックスに書いておきましたから。
私は、後悔したく無いんです。なので、ずっと待ち続けると思います。

というメールが3日前に来てから、一通も来なくなった。
もう少しでURLをクリックする所だった。
添付写真にあった裸の女の身体はどこかに必ず存在している。
このメールを打っている者も必ずどこかに存在している。
そして本物の安東もどこかに存在している。
それらが同一人物である確立。
有り得ないはずなのに、僕はそれを信じてしまっている。
重症だ。待っていれば退院メールが来るのだろうか。

***

1月15日

しみったれた給料日。
風俗情報誌を見ながら首筋と鎖骨辺りにホクロのある女を捜してしまう。
激安ホテヘルの小さな広告の中で、目を隠した女の首筋と両鎖骨にホクロがあった。
顔は分からないが、若そうだ。
もしかしたら写真の安東かもしれない。どうせスパムに添付される写真はこういう所からの転載なんだろうし、偶然めぐり合う確立も無いわけじゃ無いだろう。
いつも通ってた店はやめてその広告の店に行くことにした。
安東似の女は出勤していて予約も取れた。
しかし、実際に出てきたのは結構中年の女で、確かにホクロはあったが、腰周りや足なんかは写真とはずいぶん違ってだらしなく脂肪割れしていた。
結構本気で落胆してる自分にびっくりした。女性の質では無い。

プレイ自体は悪く無かった。安東じゃなかったことに僕は落胆していた。

***

1月16日
昨日、今日と連続でヘルスに行った。
ついつい安東と同じ肩にホクロがある女を探してしまう。
馬鹿だとはわかっているのに。
見つかりもしないのに。そもそもスパムであると、分かっているはずなのに。
だけど、あの写真の肉体にこちらからアプローチをかけている。
それだけで、何だか飽き気味だった風俗通いが楽しくそして真剣になる。

***

1月19日
バイトから家に帰る。ふと思い立ったように小学校の頃の日記を探してみたが見つからない。
居間ももう一度見てみるが、その時後ろから「日記はほとんど捨てた。少しぐらいなら私の押しいれにあるかもしれん。」と母が言った。
僕は、久々に母が話しかけてきたことに驚き、
そして母が言った内容にもっと驚いた。

なぜ、探しているのが日記だと分かった。
自分からそう言った覚えは無い。

「なんで日記ってわかんねん」と聞いた。
それには答えずに、母は、くだらん事にばっかり金を使うなと言って自分の部屋に戻った。
直感的にこの日記を読んでいるんだと分かった。
くだらん事とはおそらく風俗のことだ。もしくは安東か。
怒りよりも先に驚きで混乱し、母の部屋の前まで走り「お前、勝手に人の部屋入ってるんか?」と聞いた。
何も答えない。部屋の奥でこっちを見ている視線の気配は分かった。
間違い無い。読まれていたのだ。
怒りよりもまず吐気がした。
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2012-01-10 : 小説版『適切な距離』 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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プロフィール

tekisetsu

Author:tekisetsu
映画『適切な距離』

2012年9月1日(土)~14日(金)連日21:00~新宿K's cinemaにて公開が決定した大江崇允監督最新映画『適切な距離』公式blog。第7回CO2にてシネアスト大阪市長賞(グランプリ)。主演の内村遥が男優賞受賞。断絶した親子関係。生まれなかった弟と母の幸せな生活。久々のコミュニケーションは、母の嘘の日記だった。

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