スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------- : スポンサー広告 :

小説版『適切な距離』 第三回

************************************************

3.

************************************************

1月20日

朝起きて、母親が居ないことを確認してから糞野郎と叫んでみる。
バイト中もイライラしていた。
迷っていた。日記に。
大してこだわることでも無かったはずだけど、見られているからやめる。捨てる。というのも何だか腹が立つ。
盗み見してることを直接問い詰めるというのも違う。
そんな日記ぐらいで。とか偶然ノートを開いただけだとかはぐらかすだろう。
気持ち悪い。最悪。

普段は全く干渉してこないくせにコソコソとこういう事をする。
息子が風俗に行っただとかそういうのを知ってどうするんだ。
就職活動してるっていう嘘も知ってて何も言わないつもりなんだろうか。
昔の日記を自分の部屋に移動させたのも読むためだったんだろうか。

私の部屋にある。と言ったあの無表情の顔が、何度も浮かんで吐き気がする。
とりあえず小学生の頃の日記は取り返す。あいつの手元にあることが絶対に許せない。

久しぶりに母の部屋に入った。
日の差さない和室だ。
片付いているというより何にも無い。
押し入れを開ける。
中は3段に仕切られていて、3段目には病院の書類やら化粧道具。2段目は布団類。1段目は段ボールやらがある。
とりあえず3段目を見てみるがそれらしい物は無かった。
1段目までは高いので、書類入れのケースを取りだしてそれを足場にして探す。
隅の方に日記帳はあった。
当時の教科書類はほとんど捨てられたようだ。
日記帳も3冊しか無く、あとは中学、高校の卒業アルバムと卒業証書しか無かった。
奥まったところにあったので、取りだそうとしてバランスを崩し派手に書類入れのケースから落ちた。
日記もアルバムも散乱し、ケースもひっくり返り、中のものが散らばった。
これも母親のせいだと思い、舌打ちしながら適当にしまう。
写真が一枚落ちていた。まだ若い頃の母だった。
机の前に座り看護婦の格好をしている。
とっさに握りつぶした。復讐のつもりで握りつぶしたままケースに戻した。
散らばった書類の中に一冊のノートがあった。
赤い表紙にダイアリーと書いてある。
僕が使っていたものじゃない。
母のだ。
とりあえず開いてみた。
昨日の日付の日記が書いてあった。

”礼司とリクルートスーツを買いに行く。
流行は濃紺だと店員が言うが、礼司は一番地味で一番安いのを買うと言った。
せっかくなので高級なものを着させてやりたがったが、リクルートより決まったらまた新しくスーツを買い直す事になるから
そっちの方を奮発してやろうと思う。”

礼司というのは、僕の双子の弟の名前だ。
心臓がぐっと詰まって目が眩んだ。

弟は、死産だった。
畸形嚢腫という肉の塊で産まれたのだ。
母がそう言っていたのを覚えている。
「お前の産まれた後に、髪の毛やら爪やらが小さい団子みたいなのの中に詰まってたんや。取り上げた医者もびっくりしてた。DNAが間違ってしまって内臓も髪の毛も歯もバラバラになって生まれたんや。それがお前の弟やったんや」と、僕が小学校の頃に何度も泣きながら話していた。

母は酒を飲むとそういう暗い話をよく繰り返した。
離婚した父親に殴られた話だとか、裁判でもめた話だとか。毎回泣き声のふるえた声でうらみがましく。
人の泣き声というのはどうしてあんなに不快なんだろうか。
話の内容より母親の身の上に同情するよりまずあの震える泣き声でイライラしてしまう。
子供ながらにさすがにそれは表情に出さないようにしていたが、多分伝わっていたのだろうか母はいつ頃か身の上のことも、昔のことも話さなくなった。

どうして礼司なんて名前が母の日記にあるのだろう。
死産してから名前を付けたのだ。あまりにも可哀想だからと。
母は産婦人科に居たこともあったので死産やら先天的な奇形児やらをよく診ていた。
産んだ女の中には、父方の親に怒られるだとか恥ずかしいだとかでロクに悲しんでやることもしない者も少なくないらしい。
引取りを拒否する者もいたとか。
なので、せめて名前くらいは自分で付けてやろうと思ったと言っていた。

僕は恐る恐る母の日記を読み返していった。
礼司という名前は頻繁に出てくる。
僕と同じ大学三年生で、就職活動をしながら家事を手伝い買い物にも付きあい友人との長電話を母にとがめられたりしているようだ。
僕の名前は一向に出てこない。
誰の日記なんだ?どうしてこんなありもしない話をと、心臓がまた詰まる。
そして去年の、10月30日の日記だった。
それは僕の誕生日だ。そして礼司の誕生日でもある。
実際のその日は、学科内で打った芝居の本番最終日で僕は高橋と大学の同期達で芝居の打ち上げに便乗して祝ってもらった。
朝まで飲んで家には帰らなかったはずだ。
日記の中では礼司と母は高級なワインを飲んでいた。20歳の誕生日のお祝いに。
そして礼司が友達から貰ったケーキを二人で分けて食べたと書いてあった。
その日記の最後に、
礼司は仏間にワインを持っていき、雄一にも飲ませてやるとグラスに注いだと書いてあった。

僕は叫んで日記を放りだしたくなった。
僕は死んでいる。母の日記の中で。
何だか全てを了解してしまった。
母は、礼司と暮らしているのだ。
僕に無関心なのは死んだ存在だからだ。
怖かった。
礼司は日記の中で、すごく素直で親思いの子だ。
そんな日記、いや妄想を書いている母。
僕が就活を行ってるように見せかけていることも知りつつ、バイトの金をほとんど風俗につぎ込んでるのにも気づきつつ、母は何も言わない。
黙って日記を盗み見ていたのだ。
大学三年生の生活を調べるために。
僕に興味があるのではなく大学生の生活が知りたかっただけなのだ。
それに礼司を当てはめて日記の中で暮らしている。
怖かった。いつからそんなことを続けているのだろう。
ケースをもう一度ひっくり返して探してみたが、日記帳はその一冊だけで去年の9月から始まっていた。

僕の家族は終わっている。
今日、確信した。
会話が無いとか、嘘を付いてるとか、そういうレベルでは無く、僕と母の間には世界ごと歪んで埋まらない溝が走っている。

また、どうせこれも読んでいるんだろ。
僕がわざわざ、お前の日記を読んだことまで書いたのは、見せつけるためだ。
自分がどんだけ気持ち悪いかをこの日記を盗み見しながら感じてくれ。
どうせまた読んでまた何も言わないのだろう。何も言えないよな。こんなこと。
僕は日記をやめない。
自分のしていることの虚しさを自分で気付けばいい。
スポンサーサイト
2012-01-12 : 小説版『適切な距離』 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
コメントの投稿
非公開コメント

« next  ホーム  prev »

プロフィール

tekisetsu

Author:tekisetsu
映画『適切な距離』

2012年9月1日(土)~14日(金)連日21:00~新宿K's cinemaにて公開が決定した大江崇允監督最新映画『適切な距離』公式blog。第7回CO2にてシネアスト大阪市長賞(グランプリ)。主演の内村遥が男優賞受賞。断絶した親子関係。生まれなかった弟と母の幸せな生活。久々のコミュニケーションは、母の嘘の日記だった。

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。