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小説版『適切な距離』 第四回

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4.

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1月21日

母は僕に話しかけなかった。
朝仕事に行ったのを見計らって母の部屋に行き、日記を見た。

呑気に、

礼司が面白いと言っていた洋画を借りてみたが、
あまり面白くなかった。
自分が勧めた松本清張の小説は面白い面白いと言う。

などと書いてあった。
これは僕が先週借りていた、グローネンバーグの映画の事だろうか。
松本清張の小説なんて一冊も読んだことが無い。
他愛も無い日記だけに余計にうすら寒い。
僕の日記に混ぜた母当てのメッセージを読んでないわけは無かった。
日記を入れていた書類ケースの中身は綺麗に整理しなおされ、くしゃくしゃにした母の写真は綺麗に伸ばされて、今日の日記が書かれた場所に挟まれていたのだ。それらをあえて見せて挑発している。

僕も無視して今日も日記を書く。
しかし、いざ見られているとなると書きにくくもなる。
母のようにあんなに流暢に妄想が書けるのは凄い。

今日はバイトに行きいつもの常連に会ったぐらいだ。
ヤンキーに彼女が出来たようで、同じような黒のスウェットを着た同じような金髪の女が同じような姿勢で並んで立ち読みをしていた。
それぐらいだった。特に変化も無く。
来週からテストだ。そろそろ勉強しなくてはいけない。
じきに礼司も勉強をし出したりするんだろう。
恐ろしい。


***

1月28日

随分日が空いてしまった。
毎日テストだ。嫌になる。
イタリア語の問題が思いのほか解けた。
来週の英語さえ乗り越えれば4回生には上がれるだろう。
母は毎日日記を書いていた。
日記の中の礼司はテストを受けていない。というより、テストという記述が一切無かった。
母は大学を出ていない。きっと大学のテストというのが分からないのだろう。
礼司は大学から帰ると母に面白い映画を進め、晩酌に付きあい飲みなれない酒で顔が赤くなっていたりする。
ある日は自分では背の届かない台所の上の扉を開けて、母の好物の餅を取りだしてあげて一緒に焼いて食べていた。

テストの事を詳しく書けば、きっと礼司は夜遅くまで勉強し帰ってくるなりテストの山が当たったと大喜びで報告した。とかそういう日記を書くんだろうか。
実際の母は僕に背を向けてテレビを見ながらご飯を食べている。

無表情な顔でビールを飲み、僕がチャンネルを変えると鼻で短くため息を吐く。無言。

***

2月1日

テスト最終日を乗り越えた。とりあえず進級は問題無いはずだ。
久しぶりに高橋と晩飯を食った。テストは余裕だったらしい。
これで来年はほぼ授業も無く就職活動に専念できると得意げに話していた。
うらやましい限りだ。僕は来年もほぼ毎日大学に行かなければならない。専念する事も無い僕にはちょうどいいスケジュールなのかもしれないが。

テスト終わりの祝いに酒も飲んだ。
隠れ居酒屋だとか何とかへ、高橋に連れて行かれた。
天井が低い店内をぐるぐると案内され和室に入る。向かいの高橋の顔がぼんやりとするぐらい店内は薄暗い。
BGMもかかっていない静かな店だった。こういう小洒落た店を知っているとは意外だ。

最初は近況報告を互いにする。
テストの出来だとか、何か変わった事なかったかなど。
母のことはもちろん黙っていた。
その内、酒が回りだした高橋が、芝居の話を始める。
年明けからの稽古で、ようやく手応えを掴んだらしい。
僕はその芝居に参加しないので、変わりに大量のレポートを書かされる。まだ全く手を付けていない。頭が痛くなる。
高橋に、4回生になってからの予定を聞かれる。
特に何も無いとも言えず、とっさにインターンシップに興味があるなどと言う。
高橋は既にそれを利用して、不動産屋で働いていた。
僕はまた適当に相槌を打って、高橋からアドバイスをもらう。行ったふりをするために。
もう、何のための嘘なのかがわからず、自分でも馬鹿らしくなってくる。

帰宅。どっと疲れたが、とりあえず母の日記を読む。
また映画の話だ。ここ数日そればっかりだ。
礼司はけなげに毎日おすすめの映画を母に教え、
母からすすめられた映画を絶賛する。
そして二人で餅を食べる。最近ほぼ毎日、餅を食べると日記に書かれている。
ネタ切れなんだろうか。
今度二人で映画館まで行く!と、感嘆符付きで日記は締められていた。
馬鹿らしくならないのだろうか。この人は。


***

2月6日
特に何も無い。そろそろ溜まったレポートに手を付けなくては。
母は本当に映画を見に行ったようだ。日記に内容のことが詳しく書いてある。日記の中では、礼司よりも先に犯人が分かった母の得意げな描写があるが、一人で行ったのだろうか。こんなサスペンス映画を。
母に友人がいるかを、全く知らない。母の日記にも、そんな人は出てこない。

餅を食べたとまた書いてあったので、
何かあるのだろうかと、台所の上にある引出しを開けてみた。
餅は未開封のままあった。そういえば正月、テーブルの上に置いていたのを、僕がここにしまったかもしれない。

母の身長ではここに届かない。
これを僕に言うために、しつこく日記に書いていたのだろうか。
踏み台くらい自分で買ってくればいいのに。
一つ焼いて、いちいち戻すのも面倒なので、餅はオーブンの横に置いておいた。
母は帰宅し、何も言わずに餅を焼いた。
無言で背を向け、食べている。
気味が悪い。直接言えよ。日記で遠まわしに言うことか。
読んでいる事は分かっているぞというアピールなんだろうか。
礼司に没頭しといてくれ。

***

2月13日
レポートが間に合いそうに無い。バイト先でも書いている。
バイト中の方がはかどる。ようは、レポートより、バイトのほうが苦痛なのだ。

早朝に帰宅。母はすでに仕事に行った。
昨日は母の誕生日だったらしい。日記を読むまで知らなかった。
忘れてたわけじゃなく、初めて知った。
日記を読みに母の部屋に入ると、見なれないコートがタンスに掛けてある。中年が着るには若々しい、腰のところがくびれた形だった。

日記には、礼司と二人で、フランス料理のコースを食べ、
生まれ年のワインを買って帰り、そしてコートを二人で買いに行った。
と書いてあった。

息子と母という関係を少し超えている気がして、日記を読み返した。
映画に行ったりだとか、外食に行ったりだとか、誕生日を二人で祝ったりだとか、母の日常はそれなりに賑やかだ。だけど、登場人物は母と礼司だけ。どの日記にも礼司と何かをしたと書いてある。毎日。毎日。
気持ち悪くなってきた。
日記をめくる弾みで、手帳にかかったカバーが外れた。
赤いカバーと手帳の間に小さな冊子が隠れてあり、
その拍子には母子手帳という文字と、礼司という文字が書いてあった。
僕は思わず叫んだ。
異常だろ。
育ててるんだろうか。礼司を。そういう気持ちなんだろうか。
歪んでる。とても。深く。

母の日記では無く、これは、礼司の成長記録なのだ。
だから、礼司以外の他人は出てこない。

一呼吸置いて、部屋を見渡す。
真新しい小説やビデオが、所々にある。
今までも、僕が日記を書き始める前も、
こうやって密かに、礼司との生活のネタを探していたんだろうか。
タンスに下がった真新しいコートをもう一度見た。
いくらぐらいするんだろうか。安くは無いだろう。
本来なら、父親や職場の同僚や友人とすることを全て礼司に置き換えている。
この部屋にあるものから、礼司の気配が充満していた。
それが怖かった。
日記だけの遊びじゃなく、実際に母は礼司と暮らしている。
二人で仲良くコートを選んでいる様子が、ありありと浮かぶ。
僕にそっくりな顔で、母も嬉しそうで。

誕生日の日記は、こう締められていた。

礼司は、また仏間にワインを持っていった。
本当なら一緒にお酒を飲めたのにね。と悲しく言う。

そうだ。礼司の他に、登場人物が居た。
僕だ。そして僕は死んでいる。
いつか、僕を殺す気なんじゃないんだろうか。
怒りと恐怖で、思わずコートを掴んで足元に叩きつけた。
引き裂いてやろうかと思ったが、礼司の視線を感じたのでやめた。

***

2月18日

ちょっとした事で母と口論になった。
母の日記で、礼司が線香を上げていた。
僕には耐えられない。

***

2月21日

レポート終了。今日からはやっと暇になる。
映画でも観に行きたいが、礼司が気になって行けない。
母の日記の礼司は、テストで非常に好成績を取っていた。
僕とは真逆だ。

***

3月2日

夢を見た。
カッコウの夢だ。同じ顔をした僕と礼司がカッコウの巣にいた。
そこへ安東がやってくる。えさをくわえて。
安東の餌を僕と礼司で取りあうが、母親が僕を摘まみ上げて地面に叩きつける。

夢から覚めて、お告げかもしれないと、久しぶりにメールをチェックした。
安東からは届いていなかった。
どこかの喫茶店で、まだ僕を待っているのだろうか。
そう言えばと、母の日記を読み返す。
礼司に彼女は居なかった。
おそらく、そう言うことは書かないんじゃないかと思う。
礼司は友達と飲みに行ったりはしているが、誰と、どこで、という詳細は書かれない。
当たり前だ。これは母子手帳なのだ。
母から見た息子の記録だ。
だから、母と居ない時の息子の事は書けない。
礼司は彼女が作れないのだ。泊まりがけで遊びに行くような親友も。
それがとても嬉しかった。ざまあみろだ。
僕の日常は盗めても、安東や高橋は盗めない。

***

3月12日

久しぶりに。
でも特に書くことが無い。
日記を書くこと自体が、母の協力をしているようで嫌なのだ。
母の日記では、相変わらず礼司とあれを観たこれを観たと映画談義ばかりだ。

***

3月19日

バイトのシフトを一つ増やした。
入ったことの無い曜日なので、いくらか変化を期待したが、
やっぱり常連は変わらずだった。
そう言えば、ヤンキーの姿がマトモになっている。ピアスを辞めたようだし、携帯のジャラジャラしたストラップも無い。
たまに一緒に来た彼女の姿も随分と見ていない。
毎日見ていると、些細な変化に目が止まるもんだ。
向こうから見た僕は、何か変わっていることがあるのだろうか。

母の日記を読む。そういえばこれも毎日見ている。
なのに礼司は全然変化しない。退屈で短い。
それはつまり僕も変化の無い、停滞した毎日なんだろうか。複雑だ。

***

3月21日

安東を取られた。
母の日記に、礼司に彼女が出来たと書いてあり、
夕食を三人で食べていた。
名前はわざとらしくも、斉藤と言うらしい。
小学校からの同級生だそうだ。

***

3月24日

斉藤がまた来ていた。
三人で映画を観ていた。
登場人物が増えようが、やってることは変わらないじゃないか。
くだらない。

***

3月27日

斉藤がやって来た。
食事を食べて、3人で就職活動の話をしていた。
斉藤は出版業界に行きたいだとか勝手に書いてある。

喫茶店で待つ、特徴的なホクロをした安東を、母は殺したのだ。
勝手な情報で書き変えようとしている。
非常に腹が立つ。自分でも驚くほどに。
勝手に日記を覗かれて、勝手に僕の小さな喜びだった安東まで盗まれて、挙句には僕は死んだもの扱いだ。

いっそ日記を破り捨ててやろうかと思ったが、やめた。
そっちがその気なら、僕は僕で、お前を否定してやる。

そのための素晴らしい方法を考え付いた。

***

4月1日

高橋とバッティングセンターへ行く。
思いっきりフルスイングして、腰を痛めてしまった。
高橋に散々馬鹿にされながら家に帰ると、僕宛に一通の手紙があった。
差し出し人には、懐かしい父の名前があった。
僕は震える手で中身を読む。
そこには、とても綺麗な字で、

「離婚のとき、お前を引き取れずに申し分けなかった。
何も持たずに家を出たから、養育費もろくに払ってやれなかった。
今、やっと人並みの暮らしができるようになって、
もし許されるなら、お前の顔が見たい。 」

と、離婚後の父の後悔と、謝罪が6枚も綴られていた。
最後の便箋には、震える文字で、

「もし、私を許してくれるなら」

と、現在の父の住所であるだろう内容が書かれていて、
電話番号と、携帯のメールアドレスも書かれていた。

僕は父を恨んではいない。
確かに何度も母に暴力を振るっていたらしいが、
僕にはその記憶が無い。物心付く前の話なのだ。
だいたい、父の顔もよく思い出せない。
そして、そんな酷い父だったら、今更になってこんな手紙を送ってくるだろうか。
暴力を振るわれただとか、お前も酷い目にあわせれただとか、それらは全て母が勝手に言った事だ。
妄想の子供を育てるあいつの言うことがまともなはずは無い。
母が本当のことを言っていたのか、それともそれも嘘で父を悪者に仕立て上げていたのか、僕はそれを確かめたかった。
だから僕は父に会いに行こうと思う。
さっそく、今週末にでも。
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2012-01-17 : 小説版『適切な距離』 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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プロフィール

tekisetsu

Author:tekisetsu
映画『適切な距離』

2012年9月1日(土)~14日(金)連日21:00~新宿K's cinemaにて公開が決定した大江崇允監督最新映画『適切な距離』公式blog。第7回CO2にてシネアスト大阪市長賞(グランプリ)。主演の内村遥が男優賞受賞。断絶した親子関係。生まれなかった弟と母の幸せな生活。久々のコミュニケーションは、母の嘘の日記だった。

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