スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------- : スポンサー広告 :

小説版『適切な距離』 第五回

************************************************

5.

************************************************

4月3日

父の家は、随分遠かった。

電車を3回乗り継いで、駅から降りて電話をかける。

緊張で、何度もボタンを押し間違えた。

向こうも緊張していたのか、1回目のコールで出た。

「駅に付いたよ。」と言うと、

「分かった。今から行く。」と、思っていたより低い声で返ってきた。

それからどちらも何もしゃべらず、でも電話を切るタイミングでも無くて、

気まずい間を埋めようとして、「改札の前に居る。」と言おうとした瞬間。

「雄一。」と控えめに呼ぶ声がした。

目を上げると、そこに、父は立っていた。

なぜだか懐かしいような気がして、涙ぐみそうになる。

昔の父なんか覚えていないのに、でも、それでも父だと確信できた。

名前を呼ばれただけじゃなく、何となく、あれが父なんだと分かった。

父は、ぎこちなく歩いてきて、

「向こうに、車止めてるから。」と言い、手を差し伸べて来た。

手を繋ぐのは、あんまりだとやんわり拒否すると、

父も手を差し伸べたのは無意識だったらしく、照れて大笑いした。

携帯からも、小さく笑い声が聞こえてきて、僕と父は、まだ携帯を切っていない事に気が付き、今度は二人で少し笑った。

駅から少し歩く。さっきの余韻があるおかげで、沈黙したままでも別に気まずく無かった。

古臭い軽自動車が父の車だった。

僕は後部座席に乗りこんだ。

「狭くて、すまんな。」と父が言い、ついでのように、

「大きくなったな。」と付け足した。

僕は、この人が父親なのかと、やっと実感が追いついてきて、その言葉に妙に舞い上がってしまった。

父の家まで車で10分間。

たどたどしく話した内容は覚えていない。

結構田舎に住んでるんやね。とか、コンビニあんまり無いね。とか、

そう言えば今、コンビニでバイトしているとか、

何とか話す内容を探したけれど、上手くいかなかった。

父は古い木造のマンションに住んでいた。

1DKの質素な部屋だった。

僕は、床に置かれたビジネス雑誌に目を通しながら、父は、適当なテレビ番組を横目に徐々に会話も交わした。

小さい一人用のテーブルの上に、父は、僕の赤ちゃんの頃の写真を並べた。

父の煎れたコーヒーを飲みながら、僕はそれを恥ずかしがりながら見た。

写真は数枚しか無かった。

「お母さんは、一枚も持たせてくれなかったからなあ。」

「これだけは、何とか持って来たんや。」と父は言った。

離婚当時の話を聞こうかなと思ったが、何と言っていいか分からなかった。

「仕事は順調?」と代わりに聞くと、

父は優しい顔で僕の写真を見ながら、「まあなあ。順調やな。」と言った。

「雄一は?大学は楽しいか?」と聞かれて、僕は返事に困った。

「楽しいって感じじゃないけど、順調。」とだけ言い、就職活動のことは黙っていた。

「そうか。無理はするなよ。」と言って、父は笑った。

それから日が暮れるまで、父と僕は微妙な距離を保ちながらも、会話をした。

父は思っていたより老けていて、優しげだった。

僕はどう映ったんだろうか。

結局は、込み入った話なんて一つもしなかったけれど、何となく父の事が分かった。

帰りの駅までの車の中。

父はふいに「彼女とかはおるんか?」と聞いてきた。

いきなりな質問で、僕は視線を窓に向けて、答えをはぐらかした。

安東の事を思い出していた。小学生のでは無く、喫茶店で待つ方の。

特徴的なホクロが窓の上に浮かぶので、打ち消すように窓を開けた。

駅前だが、車通りは少ない。静かな街の音がした。

「また来るわ。」と車を降りる間際に言った。

「いつでも来てええよ。週末は家にいるから。」と父は嬉しそうだった。

「それじゃあまた、来週。」と言い、別れた。

父とは上手くやれそうだった。

家に帰ると、夕食がテーブルの上に出来ていた。

母は無言で食べていて、僕の分は、ラップがかけられていた。

僕は電子レンジで暖めながら、相変わらず会話の無い静けさで、先ほどの余韻が消えていくのを感じていた。

今日の母の日記には、斉藤と礼司と母の三人で楽しく夕食を取った事が書いてあり、覗いている僕まで惨めな気持ちになった。

父のことをもっと書きたいと思う。礼司や斎藤なんてものを打ち消すための完璧で優しい父を。

礼司はすでにこの家の中に気配すら感じさせている。

僕も父の事をもっと詳しく知らなければ。


***

4月10日

再び父の家に行った。

今日は夕食も一緒に食べた。

「ロクな店知らんくてなあ。」と父は詫びながら、

ファミリーレストランで食べた。

ふいに、「父親が居なくて、つらい思いしてきたか?」と父は切り出した。

僕は無かったと答えるべきか、迷ったが、正直に話した。

「小学校の頃は、露骨に先生に言われたりしたなあ。父親が居ないから、しつけが出来てないんだとか。そのたびにオカンはブチ切れてたな。僕は別にそこまで嫌とも思わなかったけど。」

「まあ、オカンが切れれば切れるほど、先生は、ほらなって顔で僕を見たからなあ。そこだけ腹が立ったな。」

「見返せ。見返せ。ってオカンはそればかりやったからなあ。小学校とか高校まで。でもまあ、大学からは言わなくなったな。だって、見返すような能力無いって分かったんやろうなあ。」

父は、僕の話を黙って聞いていた。

僕自身、こんな話を誰にもしたことが無かったが、父相手だと不思議と話せた。

話し終わると、恥ずかしくなってドリンクバーへ立った。

席に戻ると、父は少し泣いていたようだった。

「本当に苦労をかけてしまった。雄一にも、お母さんにも。」と深く頭を下げた。

僕は聞きたかった事を、思い切って聞いてみた。

「どうして、オカンを殴ったん?離婚の原因ってそれなんやろ?」

父は涙を拭いて、真っ直ぐ僕を見ながら話した。

「全部悪いのはお父さんなんや。」

「お父さんの稼ぎが少なかったからお母さんにも働かせてしまってな、家事もさせてしまって、お母さん、大変やったからなあ。それでも弱音を言う人やないから、溜め込んでしまったんやろうなあ。それで、いつからか、お父さんとギクシャクしてもうてな。」

「お父さんに器量が無かったから、喧嘩もようするようになってきて。」

「それで、つい、カッとやり返してしまってな。本当に申し訳なかった。」

「やり返したって?」

「ああ、いや、やり返したというかな。まあ、お父さんが加減付けずに手を出したんや。」

「オカンもやったんやろ?ヒステリーやし。むしろ、オカンの方がやってたんやないん。」

「いや、男が女に手を出したらあかんよ。絶対にな。」

「肋骨が折れたとか、顔の形変わったとか、本当なん?今話してるお父さんが、そんな事するとは思えないんや。オカンは何かあったら、ボロボロに殴られたとかそう言うけど、それは本当なん?」

父はそれには答えなかった。

「本当は、そこまでじゃないん?」

父は、しばらく黙った後、うつむいて、「手を出した、お父さんが全部悪いんや。お母さんは何にも悪くないよ。」と言った。

それだけで分かった。母の方が嘘を付いていたのだ。そこまで殴られてはいない。もしそこまでしていたなら、今の父は、そう認めるはずだろう。僕に許して欲しいと言うんなら全て打ち明けられるはずだ。そして母をかばって、「そうだ。お父さんが殴ってお母さんは肋骨が折れた。」とも言えないのは、息子である僕にそういう人間だと思われたくないのだ。

だからこそ、どちらとも言えないでいる。たぶん、そうなのだろう。

「オカンのヒステリーで、僕も結構ひどい目にあってるよ。」

「宿題やらなかったりとか、ご飯残したりだとか、そういう理由だけで、ブチ切れ。めちゃくちゃに暴れて。小学校から高校までずっと。」

「虐待やで。あんなん。力で負けると思ってからは、ネチネチ言うようになって。」

愚痴る僕を制して父は言った。

「責めたらあかんよ。お母さんはな、必死なんやろう。子育ても仕事も全部やらないとあかんからな。大変なんや。」

「分かってるよ。ある程度は。でもまあ、一生許せないってのもあるよ。ストレスのはけ口みたいな感じだったし。」

結局、前回のように和やかな話にはならずに、終始、母への恨みを話していたような気がする。

父はその度に、母をかばい、僕に許すように言っていた。

父だって、母にむちゃくちゃ言われたはずなのだ。人としての尊厳を否定するような。

実際、僕が言われたような、生まなければ良かっただとか、お前が居れば不幸になるだとか、そういう事よりももっと酷い事を受けてきたはずなのだ。それでも、父は許せと言う。父は、母を許しているのだ。そして、許してもらいたがっている。父は頑なだった。

ファミレスで別れ、家まで帰る。

母は居間でテレビを見ていた。

母の日記を読もうとするが、日記帳が無かった。

少し辺りを探してみたが見当たらない。

今さらになって、隠したのだろうか。

馬鹿らしくなってやめたんだろうか。

僕の日記を覗くのもやめるだろうか。絶対にそれは無いだろう。

どうせ、僕に見せたくないような日記を書いているのだ。

例えば父を否定するようなくだらない出来事を。

構わない。僕だって父に否定させるのだ。母を。

こうなった原因が母にあると何としても優しい父に認めさせたかった。


***

4月17日

今週も父の家に行った。

気恥ずかしいような空気はほとんど無く、お互いざっくばらんに近況を話した。

あいにくの雨だったので、どこにも出かけず、部屋で話し込んだ。

高橋と居ても、一方的に相手が話すのを聞くだけなのに、

父といると、不思議と僕も饒舌になる。

新学年が始まった大学の事。4回生にもなって単位が心細い僕は、1コマ目から授業がある日が2日もある。まだ語学の単位も危ない。そういう愚痴を、父は嬉しそうに聞く。そして父親として厳しく、僕を激励する。

高校までの母は、勉強のことに関しては、とにかく干渉して来た。数万もする自宅学習のツールや、塾を無理やり強要し、監視していた。僕が逃げ出すとヒステリーを起こし、暴れまわっていた。今では全くの無干渉だ。父はそういう母の行為も、自分の時間を削って働いて、何とか雄一のためになるようにと頑張ったんだとかばう。僕は、あれは自己満足だと言うと、父は悲しい顔をした。

僕は思い切って、今の母と僕の関係を父に相談してみた。

会話はほとんど無く、将来に関しての話もした事が無いと。

そして、日記の事も話した。僕の日記を隠れて読んでいること。

自分の日記では、死んだ弟と嘘ばかりの生活を書いて、僕を殺していること。

父は複雑な顔をして、慎重に言葉を選んでいた。

「雄一とお母さんが、そうなってしまったのは、お父さんのせいなのかもしれん。」

「だけど、お父さんに今出来ることは無いから、それは2人が何とかしないといかんのやと思う。」

「色々問題はあるんやろうけど、まずは、会話をした方がええな。」

「お父さんと話してることを、お母さんにも話してみたらええ。」

「お父さんのせいやないよ。」

「昔は話もしてたんやで。ほとんど話さなくなったのは、僕が大学入ってからかな。いや、第一希望のとこが落ちて、すべり止めのすべり止めしか受からなかった時からかな。明確にそっから変わった。」

「それまでは、何をするにも、良い大学に行け。将来のために今頑張れ。つらいのは今だけや。とか、こっちがノイローゼになるくらい言ってきたけど、しょぼい大学に受かった途端に、もう何も言わないもん。公務員になれとか、頼んでも無い資料をわんさか取り寄せてたくせに、何も言ってこない。見きりを付けたんやで。」

「こいつは、無理やったんやなって。それで気が付いたら僕やなくて、礼司や。礼司に期待しとるねん。」

「ひどくない?僕、知らない間に死んでたんやで。産まれなかったことにされてるんやで。」

「そんな相手に一体何が話せるん。無理やで。もうあれとの関係は完全に終わってる。見てないんやもん。僕のこと。」

「それは、ひどいな。そうなってしまうのは間違っていると思う。」

「そうやな。でもまあ、僕も直接は言わないよ。やめろとか。逆にそれくらいしか喜びがないんなら、書けよと思うけどね。惨めやわ。ほんま。」

「やり直したいとは思わへんのか?」

「もう無理やな。」

「お父さんが居てくれたらいいと思うよ。お父さんの元で暮らしたいと思う。」

「正直、あれを親と思うのは無理やで。」

「自分勝手で、ヒステリーで、被害者意識が強くて、僕からお父さんを奪って、監視して、僕を殺して。」

「とても、一緒に暮らしてはいかれへんよ。」

父は何も言わなかった。言えなかったのか。

「すまん。」とつぶやいたあと、自分を責めるように、押し黙っていた。

「お父さんは優しいな。絶対オカンをかばうんやな。」

「かばってるんじゃないよ。お父さんが悪いんや。全部。」

「そんな事ないよ。全部なんて。背負い込まんでや。」

「ごめんな。つらい思いさせて。」

何を言っても父を責める気がして、それ以上は何も言えなかった。

父も、うつむいたまま、何も話さなかった。

こんなはずでは無いのに。僕はただ、全て悪いのは母だと言ってほしいのに、父はあくまで頑なに首を振る。

父の部屋から大きな桜が見えた。

良い散歩日和だ。それが余計に悲しかった。

駅に着き、僕は無言で車を降りた。

父はなかなか車を発車させず、僕も歩き出さなかった。

しばらくして、運転席の窓ガラスが開き、

「いつか、雄一の家に行けたらいいなと思ってる。」と言った。

「うん。ええよ。いつでも。」

「お父さんに出来ることがあったら、何でもするから。」

「うん。ありがとう。」

「こっちこそ。ありがとうな。」

「うん、じゃあ、またね。」

「ああ。またな。」

父はゆっくりと遠ざかっていった。

帰宅する。母は夜勤なので居なかった。

歯がゆかった。

僕が欲しかったのは完璧に優しい父であり、その父を追い出した母の汚い姿なのに、優しい父であればあるほど、どう話しても父が責任を負おうとしてしまう。

おかしな話だ。自分で作り出したくせに、自分の思いどおりにならない。

ここ最近の日記を読み返した。父に会いに行った日から。

確かに僕は父と会っていたような気がする。

それが怖くもあり、不思議と嬉しかった。

母も、こういう風に礼司にハマってしまったのだろうか。

頭の中に今日の帰り際の父の顔が浮かんだ。

優しそうな顔。古く地味な車。名前の知らない駅前の景色。

それらがはっきりと浮かんだ。確実なリアリティを持って。

2歳で去った本当の父親の顔を、僕は覚えてないのに。

恐ろしくは無かった。無性に泣きたくなった。

こんな父親であれば、きっと最後まで母をかばうのだろう。

母親の言い分まで理解し、それでも自分が身を引いて、責任を背負う。

それが父親なんだろう。

来週、また父に会いに行ってしまうだろう。
もはや母を否定したいのではなく、会ってまた話しがしたいから。
スポンサーサイト
2012-01-29 : 小説版『適切な距離』 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
コメントの投稿
非公開コメント

« next  ホーム  prev »

プロフィール

tekisetsu

Author:tekisetsu
映画『適切な距離』

2012年9月1日(土)~14日(金)連日21:00~新宿K's cinemaにて公開が決定した大江崇允監督最新映画『適切な距離』公式blog。第7回CO2にてシネアスト大阪市長賞(グランプリ)。主演の内村遥が男優賞受賞。断絶した親子関係。生まれなかった弟と母の幸せな生活。久々のコミュニケーションは、母の嘘の日記だった。

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。