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小説版『適切な距離』 第一回

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1.

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「おーい。」

高橋からのどうでもいいメールの振動で目が覚めた。
ただ一言「おーい」とだけ書いてある。
受信時刻は「1/1 14:12」。
寝すぎだ。ため息が出る。
今年も締まりの無い新年を迎えてしまった。初夢は少しも覚えていない。
しぶしぶ起き上がって、腰をひねる。ばきばきと気持ちの良い音がして、鈍い痛みがしこりのように残った。

もう一度携帯を見る。
着信を知らせるランプが赤く点滅している。
未読メールが残り4件。不在着信2件。
着信履歴を確認する。
12:39に一回。13:12にもう一度、高橋からだった。

メールも全て高橋からだ。
また、ため息が出る。
せっかくの新年を追い立てられているようで、そしてそんな日に僕を思い浮かべてくれる人が高橋しか居ないようで、やるせなくなる。少しだけ。

12:22 「初詣とか行く?」

11:56 「今日、予定空いてる?」

10:39 「ヤバイ!久々に積もったな!今日、何か予定ある・・・」

9:31 「あけおめ!去年は・・・」

長いメールは最後まで読まなかった。読まなくても何が言いたいか分かるから構わない。
暇なだけなんだ。こいつは。

窓の外を見てみると、確かに5センチくらい雪が積もっていた。
昨日、眠る前に降り出したまま、まだパラパラと続いている。
珍しい。去年は一日も積もらなかったんじゃないだろうか。
だからと言って「ヤバイ」とは思わないが。
一応、メールに返信しようと新規作成ボタンを押す。

「今起きた。初詣に興味ありません。それでは。」削除。
「明けましておめでとう。いつまであけおめとか言ってんの?」削除。
「ヤバイって何?」削除。

書いては消して、結局面倒になって携帯を閉じた。別に言いたいことなんて無いのだ。
メールしたら電話がかかってくるに違いない。
そうなると向こうの押しの強さに負けて、僕は初詣に行く事になる。結局は僕も暇だから。
去年もそうだった。
わざわざ朝から出かけて、人混みにもまれて、願い事も無いのに賽銭を投げて、おみくじを引いたら凶だった。

喉が渇いたので居間に行く。母はもう起きていた。テレビを見ている。
振袖を来た女性レポーターが初詣の賑わいをレポートしていて、無数の参拝者が映し出されていた。
何でこんなに楽しそうなんだろうなあと感心する。
テレビに写ってるからというわけでもなく、恋人といるからというわけでもなく、彼らは何となく楽しそうだ。何千人の人混みの中で、立ちっぱなしになっても微笑みのムードが絶えない。よくやるな、とまた感心する。

テーブルに残っていた、昨日からの飲みかけのお茶を気にせず飲み、母の座椅子の後ろに無造作に落ちていた新聞を手に取り、テレビ欄を見てみる。
どこも同じような番組ばかり。
リモコンで適当に変えてみる。やっぱりどこも同じような、生放送でわいわい騒いでる。
母がちらっとこっちを見た。淀んだ沼のような表情で。
どれも一緒だろと思いながらも、始めのチャンネルに戻す。母はまたテレビの方を向く。
行くものであって観るものでは無いのに、この人は何を思って幸せな行列を観ているんだろうか。

テーブルの上に、二枚のハガキがあった。
一枚は半年前に行った歯科医から。年始の挨拶の横に定期的な検診を受けて下さいとプリントされていた。
もう一枚は、ヘタクソな字で宛名が書いてある。
裏返して見ると、まず横向きに書かれた「20才のぼくへ。」という文字が目に飛び込んできた。
自分の字だ。懐かしい。小学生の時に書いた年賀状だ。
確か国語の時間だかに、未来への自分へ手紙を送るという授業で書かされた。
ちょうどその頃、郵便局に年月日を指定して預けておくことが出来るというサービスが始まったのだ。すっかり忘れていた。
当時の色々な嫌な記憶と共に、書いた時のことが浮かび上がってくる。

十年後の自分に向けて手紙を書くというくだらない授業だったはずだから、つまり10歳の頃、小学校5年生の自分からだ。
昔から、こういう自分なりのアイデアみたいなものを要求される授業が大嫌いだった。
自分の好きな絵を描いてTシャツを作ろうだとか、自由研究発表だとか。
家の中で一人もくもくとするのなら好きだけど、それを人前で見せるというのが大嫌いだ。
批評されたり、誉められたり、どうせ人の意見なんか参考にするほど真剣じゃないのに、ああだこうだ言ってる人たちが馬鹿に見える。
僕の場合、誰も何も言わないのだけれど。
この研究について何か質問、ある人ー?とか
この絵のここがいい、ここが悪いを教えてくださーい!と先生が明るく言っても誰も手を挙げない。
そらそうだろう。別に手先が気用でも無いし、発想が変わってるわけでも無い。
得意な人のをこっそり真似して、だいぶ劣化させてるだけだから。
あの張り詰めもしない、沈黙したシラケムードがたまらなかった。
取り繕うように先生が質問したり、その質問に全然答えられなかったりとか、ろくな思い出は無い。

十年前の僕は、十年後の自分へのメッセージに
「10年後のぼくへ、10年後のぼくはまだ日記をかいていますか」
とだけ残していた。
寂しい限りだ。確か他の人たちは警察官になれていますかとか、野球選手だとか、立派な夢を書いては、周りの人達に見せびらかしていた。

僕は微妙に趣旨を間違えてるし、しょうもない。
だけど、そういえば確かに当時日記を付けていた。毎日毎日。休みも無く。
別に全く波乱万丈の無い毎日だったはずなのに、一日ノート2ページ分ぐらい書いていた。
書き上げた日記を数ヶ月立った後に読み返すのが好きだった。
ああこんな事あったとか、全然覚えていないだとか、なんだかんだで楽しかったのを覚えている。
自分に都合の良い部分を残し、嫌な所はカットし、何もなければ適当に付け足しながら日記の上に並べていくと、無味乾燥な毎日でも生き生きと輝き出したからだ。

いよいよ手の入れようが無いくらい、つまらない毎日が続く頃に自然と日記はやめていた。
ハガキの字は少し左に偏った場所に書かれていて、小さく汚い。

10年前の僕は、密かに輝き続ける日常が10年後も続くようにと教室の隅で誰も見てないのに、手で隠したりしながらこそこそ書いていたんだろう。なんとなくその頃の教室の音や空気を覚えている。書きながら少しだけ笑った気もする。くだらないながら、真剣に託してた気持ちが薄い痛みになって胸に浮かんできて、座っているのが落ち着かなくなる。

今読み返しても、あの頃の毎日は生き生きしてるんだろうかと、当時の日記帖を探してみることにした。

自分の部屋に戻り、押入れを開ける。小学校の頃のものは、まとめて箱に詰めて置いているはずだったが、いざ探してみると何も見つからない。
思い出や物に固執する性質なので、当時の教科書とかも同じく保管していたはずだか、まるで無い。
中学高校の卒業文集やアルバムも無い。
居間にある物入れの中かもしれない、と再び戻る。
まだ母が無表情でテレビを観ていた。
ちらっと向けてきた目が、何か用かと面倒臭そうに問いかけていたので、何も言わずに居間を出た。

口が無意識に舌打をした。もうずいぶんと、母とはまともに口を利いていない。
喧嘩や、問題があるわけでも無く、嫌いなのだ。おそらく向こうも嫌いだろう。何か特別なことがあったわけでも無く、いつの間にか大嫌いだった。どこが嫌いとか、部分的に分割できるわけでもない。しいて言うなら全部だ。
全部嫌いだから、口も利きたくない。コンタクトを取るのが億劫だ。嫌うエネルギーも使いたくない。
そんな相手に小学校の頃の日記を探しているだとかを、知られたくも無い。
一気に何か漠然とした期待感がしぼみ、自分の部屋で寝転んだ。
そこへ、間の悪いことに、再び高橋から電話がかかってきた。
こんな時に誘われたら、うっかり、せっかくだから初詣くらい行ってもいいかなという気分になってしまいそうだ。

***

結局、高橋と初詣に行った。
夕方近くでも近所の神社は混雑しており、高橋は昼間から酒を飲んでいていつもよりも更に声が大きかった。
僕は賽銭箱の前に立ち、1円を投げて黙って目を閉じる。
毎回この瞬間がいつも気恥ずかしい。願い事が無いからというわけでは無い。
叶って欲しいことや豊富はいくつでもあるが人前でそれを晒すような行為が恥ずかしい。
だがその恥ずかしさより、何もせずに立っている方がもっと恥ずかしいので祈るふりをする。
目を開けて横を見ると、高橋が神妙な顔で手を合わせていた。
小声で「今祈ってる奴らの願いが全部裏目に出ますように。」と言ってみる。
高橋に割と真剣に怒られた。

その後、やっぱりおみくじを引く。またしても凶。
一年の中でも最もおめでたいとされている元旦にわざわざ凶のくじを混ぜようとする住職の神経が分からない。
と憤慨すると、「そういうとこはムキになるんやなあ。」と同じく凶だった高橋が言う。
僕は破ってくずかごに捨てた。
「そういう事するほうが、大人気無いわ。」と枝におみくじを結ぶ高橋にまた小言を言われる。
やっぱりロクでも無かった。

その後、居酒屋で飲みながら授業の話をする。
高橋とは大学の演劇科に通っている。
冬季休暇明けに高橋は一本の芝居の演出をする。
同期の生徒の大半はそれに役者やスタッフとして参加する。
僕は単位数が足りておらず、4回生に進級できるかの瀬戸際なので、一般教養科目を優先させて稽古やらで拘束時間の多い芝居授業には参加せずレポートを出す事にしていた。
本番は休み明けでも稽古は既に始まっていて、初めての演出なのにいきなり10人以上が参加する芝居をすることになった高橋は、連日愚痴や悩みを僕に打ち明けてくる。
居酒屋でも専ら話題は高橋の芝居の事で、演出側と役者側のモチベーションの差に嘆く。もう何度も同じ話をしているが、毎回彼は同じ分だけのエネルギーを使って我を忘れて激怒し始める。
自分で劇団を立ち上げて公演を打つわけでも無く、参加するだけでほぼ単位が取れる授業としての公演なので、役者の中には真剣に打ちこまず稽古よりバイトを優先させる者も居るらしい。
「結局、人前に立つって事を分かってないんやわ。」と高橋は言う。酔えば酔うほど声が大きくなる奴だ。
「仕方無いやろう。そんな人間もおるけどそれに折り合いを付けさすのも、お前の仕事なんちゃうの。」
と、適当な事を言うと、高橋は激怒して、

「いや違う。無料やからとか、客なんかほとんど来ないとか、そんなん関係無い。舞台上で準備不足で立つって事がどんだけ苦しいか、自分で芝居が止まったりした時どんだけ冷や汗かくか、そういう事が分かってないんやって。それが周りの人間にどんだけ悪影響与えるかが。客が一人でもおったらそこは舞台になるんやもん。教室じゃなくて。客と向き合わざる得なくなるのが舞台やで。自分のやることは全部見られるんやからさ。そこで手を抜いてるってバレたら恥やで。」
僕の気持ちの入っていない相槌に高橋は更にうるさくなる。
「恥をかくことをどうでも良いなんて思える人間は死んだほうがマシやわ。生きてたってそんな奴は犯罪者になる。」
高橋の怒りが収まらないので、話題を代えるために10年前から届いた年賀状の話をした。
「雄一って日記かいてたんや!似合わんなあ!」と大きい声のまま答えてくる。怒りで上がったテンションのやり場に困っているようだ。
そして案の定、
「しょぼいなあ。もっと将来の夢とか書きや。」と言われた。
「お前なら、何て書く?10年後の自分に年賀状出すとしたら。」と聞いてみる。
高橋は、しばらく黙って考えた後、
「家族を大切にしていますか。定期検診には必ず行って下さい。かなあ。」とマトモな事を言う。
「小学生で定期健診か。渋いね。歯医者も同じ事言うてたわ。」と僕は嫌味を言う。
「日記書いてんの?今。」と含み笑いで高橋が聞いてくる。
「書いてないな。その日の天気ぐらいしか書くことないし。」

「日記書いたらいいやん。初心忘れるべからずやし、継続は力やで。これは何にでも当てはまる。それを分かってないんやわ。役者の奴ら。プロでも無いくせに、舞台慣れしてますみたいな態度でさぁ・・・」
結局その後も高橋の愚痴が続き、
いい加減僕も面倒になり、「頑張るしかないな。」という言葉で強引に打ちきった。
家に帰ると0時を回っていた。どうしようも無い新年だ。疲れるばっかりで。
母はすでに寝ているようだ。日記を探そうと思ったが、眠くてやめておく。
布団に入る前に、インターネットのメールだけ確認する。
ほとんどスパムばっかりで、さらに疲れる。
いくつかの風俗店からの正月の営業時間と新人の出勤案内が載っているメールだけ別フォルダに移して、他のメールを片っ端から消していく。
スパムメールの文面も、だんだんバラエティに富んで来て、思わず目が留まるものもある。ストレートな表現から、不妊で悩んでいます、妊娠させて下さい。やら、送り先を間違えたように装った普通のメールやら、様々だ。
機械が自動的に文章を組んでるわけでは無い。誰かがわざわざ考えて、書いてるのだ。
どんな文面がだましやすいかなどを思考錯誤して、何パターンも書いているのだ。そう思うと、なんだかこいつらも大変だなあと同情してしまう。

残り5件ぐらいになった時、手が止まった。
件名に「お久しぶりです。安東です。」と書いてあった。
小学校の頃、ずっと片思いしていた女の子の名前が、安東だった。
この手の件名に人名を入れるパターンのスパムも珍しくは無いけれど、実際知ってる人の名前があった場合は、結構動揺するものなんだなあと感心して、ついつい本文も見てしまう。

お久しぶりです。覚えてますか?安東です。
あれから考えたんですけど、やっぱり私、待つ事にしたんです。
ずっと素直になれなかったのを後悔していて・・・。
だから、正直になることに決めました。
だからその、最後まで行く覚悟は出来ているんです。
本気です。だから連絡先、書いておきます。
このサイトは、完全に無料で、わたしだけのボックスが持てるし、携帯からも見れるので確実だと思います。
電話番号も書いておきましたので、不安だったらいきなりかけてもらって構わないです。

メールの最後には怪しげなWEBアドレスが書いてあった。
こういう手法が確立していることからして、「真剣ならこのメールに直接書けばいいのに。」って疑問を持たない人間も少なからず居るんだなあと、普段なら思うはずだ。
しかし、この内容に僕は自分でも驚くぐらい動揺していた。
酔ってるからだと言い訳してもお釣りが来るぐらい。

「覚えていますか。」「素直になれなかったのを後悔していて。」か。

僕は小学校の卒業式に、安東に告白したのだ。
安東はすごく驚いていた。無理も無い。
まともに話したことも無い、クラスでもほとんど存在感の無かった僕にいきなりそんな事言われたらそりゃ驚くだろう。むしろ怖かったかもしれない。
なんであんな大胆なことが出来たんだろうか、未だに分からない。
案の定、結果は上手く行かなかった。
安東は驚いた後、優しく「いきなりやから考えさせて。返事決めたら電話でするから。」と言った。
自分でもあきれるぐらい長く、中学に入っても、まだ微かに返事の電話を待ったが安東からの電話は無かった。

スパムにそんな事を思い出させられて、胸の中の古傷がまた痛んだりしている僕は、案外、未だに待ってる気持ちがあるのかもしれない。馬鹿げているけれど。
馬鹿ついでに、スパム上の安東にこの思い出を当てはめてみる。
子供だった安東はいつの間にか大人の姿になって、十年前の告白の返事を悩みつづけて、言いだせなかった自分に後悔して、何とかして僕に連絡を取ってきた超純情で一途な女性になって頭の中で立ち上がってくる。顔は小学生のままなのに背格好だけ大人な安東がぼんやりと浮かんで、そんな妄想をしてしまった自分を恥じなくては。と思うが、感傷的な気持ちが邪魔して、ついつい妄想の方を肯定したくなる。

メールには一枚の添付写真が付いていた。
裸の状態の女が写っており、上手いことに首から上は切れていた。上半身が荒い解像度の中に浮かんでいる。
首筋に一つ、両鎖骨の横に一つずつ、特徴的なホクロがあった。
頭の中の安東はいつのまにか服を脱ぎ、超純情で一途が故に、本気さのアピールとして裸の写真を撮ってしまうような女性に変わる。僕はなんてアホなんだと思いつつ、画像は記念にと保存した。
このメールの作者も、こんなにハマる男が居ると嬉しいだろうな。もう少し僕が歳とって、相変わらず染みったれた元旦を迎えるようだったらアドレスをクリックするのかも知れないなあ。と思った。

寝る前に、机の中からノートを取り出す。
どうせ読み返さない、フランス語の授業のメモが書いてあるページを破る。
そして新しい1ページ目に、

1月1日

10年前の自分から年賀状が届いた。
夜、安東からもメールが届いた。
今日から、日記をとりあえず書いてみようと思う。

と書いた。これを4月ぐらいに読み返せば、
安東という名前に思いのほか動揺し、あやうくスパムに引っかかりそうになった僕の姿が、それはそれで青春だねえと生き生きと見える、わけは無いか。
まあでも、少なくとも呆れながらも笑うぐらいにはなるか。
と思い、寝ることにした。
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2012-01-09 : 小説版『適切な距離』 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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プロフィール

tekisetsu

Author:tekisetsu
映画『適切な距離』

2012年9月1日(土)~14日(金)連日21:00~新宿K's cinemaにて公開が決定した大江崇允監督最新映画『適切な距離』公式blog。第7回CO2にてシネアスト大阪市長賞(グランプリ)。主演の内村遥が男優賞受賞。断絶した親子関係。生まれなかった弟と母の幸せな生活。久々のコミュニケーションは、母の嘘の日記だった。

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